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今回もブログを製本しました [ブログ製本]

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毎年、一年が了る毎に一冊づつブログを製本している私・ぼんぼち、2018年度分も製本注文し、先日 完成品が自宅に届いたところです。

私は、2009年10月からブログを始め、2009年10月から2010年末までの分を最初の一冊としたので、今回で九冊目になります。

初めの数年は、年が明けて早々に製本注文していたのですが、注文日が巻末の「発行日」として印刷されると知ったので、せっかくだから自分にとって拘りのある日にしようと、ここ3年ばかりは 自分の誕生日である6月16日に注文をしています。

ですから この一冊、巻頭のほうは一年半も前の記事となるので殆ど内容を忘れています。
「あ!こんなオチだったのか!」とか「へー、こんな写真 どこで撮ったんだろー?」とか。
逆に、忘れているために客観的な見方が出来、何度も推敲を重ねた上で公開してきたには違いないのですが、「あー、このセンテンスはいらないな」とか「この表現は解り辛くて誤解を招くな」と反省する点もいくつも見つかりました。

どうしても訴えたいこと・吐露したいことは、すでに何年も前に書き了え すっきりしているので、最近は 気持ちに余裕を持ってのんびり更新をしている次第です。

ここまでやってきたからあと半年は 何が何でも更新を続けて、十冊は製本してみるかな、、、

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 五冊目のブログ本  [ブログ製本]

毎年、一年が了る毎に一冊づつ---ブログを始めたのが秋だったので最初の年は一年三カ月分---本にまとめてきた。
今年初めも、昨年一年分の記事を 書籍注文した。
早いもので、五冊目である。

ブログ本1.jpg昨年は、それまでの年とは趣向を変え、写真が主体の記事を中心とした。
街なかを歩きながらケータイで撮ったものを、PC上で ネガ加工やハイコントラストやグリザイユ調に加工したりして、様々な方向性・色調・モチーフが次々と登場するように心を砕いたつもりだが、まぁ、自分なりに、納得の作品の数々と公開順序と 頷けるものとなった。

ブログ本2.jpg又、それ迄の年のは どんなジャンルの記事にしろ、全て ノオトで推敲を重ねてからPCに向かっていたのだが、昨年の写真に添える文章は、写真を見ながら気ままに思いつくままに キーボードを叩いた。
説明が足りなかったりワンセンテンスの中での言葉の順序をこうすれば良かった等 反省点も若干あるものの、こちらもまぁ 即興作文にしては悪くなかったと 胸をなでおろしている。
中でも、「黄色い金属板」と「手のチラシ」に付けた文は、オチがキマって 気に入っている。

ケータイ写真を撮ることも言葉を紡ぐことも、つくづく愉しいな 自分にとっての適切なストレス発散になっているな と実感する。
今年は、写真も散文も定型詩も何でも有りとした年。
年末までつつがなく記事を公開でき、そして六冊目のブログ本を作製できたら幸いである。

ブログ本3.jpg

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 二冊目のブログ本  [ブログ製本]

2009年・秋より このソネットブログを始めた 私・ぼんぼちは、2010年までの記事を 2011年・頭に 一冊の本にしました。
そして、2011年分もまた、今年明けてまもなく製本注文し、今、書籍版「冷たい廊下・弐」を 一冊目の「冷たい廊下」を傍らに 悦に入りつつ 反省を込めつつ ぱらりぱらりと振り返っています。

昨年は、「あっしが○○だったころ」と冠した寓喩短編シリーズ小説に 特に力点をおいた年でした。
当初は、月一ペースで十二話 と考えていたのですが、3月半ばに公開を予定していた「あっしがマッチの炎だったころ」が いささか 地震直後には相応しくないテーマだったので、三月は小説無しの月にし、「マッチの炎」は 4月の「あっしが乾燥ワカメだったころ」の次の 5月に出しました。
そして、十一話 というのもキリが悪いので、どこかで二話公開する月をつくるか もしくは 小説無しの月をもう一つ設けて十話にするか 少々逡巡し、結果 後者を選びました。

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十作品中、私なりに一番気に入っているのは、「あっしが乾燥ワカメだったころ」です。
テーマが哲学的である上に提示のしかたが抽象的なので 万人受けはしない と自覚しつつも、私自身は、「小説というものへは こういう姿勢で向かいたい」という思いが強くあります。
------まぁ、所詮は、趣味で享しんでいるにすぎない日曜文士なので、こんな自由が許されるわけですが・・・・

二番目に気に入っているのは、「あっしがモンシロチョウだったころ」です。
これは 極めて自分の実像に近い 内的吐露ともいえる作品なので、主人公には「何故」このような感情が生まれ このような感情にころがったのか、書いていて迷いがありませんでした。
一方、12月に公開した「あっしが隕石だったころ」は、主人公の「何故」が 解ろうにも皆目解らなく、完全に 客観としての観察視点のみで、結果、説得力に欠ける うすっぺらな作品になってしまったと 反省しています。

三番目には「あっしが育毛剤だったころ」です。
根底には ちょっと空恐ろしいテーマを込めた一作ですが、自ら、一人 部屋に笑い声を響かせながら書き進んでしまいました。
-------そこに各当するかたがたには失礼にあたるかも知れませんが、不変的に笑いをとれる材というものはあるものです。

アクセス数の最も多いのは、「あっしがケヤキの木だったころ」です。
ありがちな展開の話かなぁ と 自信なく公開したのですが、幾多のみなさんに閲覧していただき、この作品はこれで良かったのかも知れない と 背中を後押しされた気持ちになれました。

冷たい廊下2.jpg

アクセス数という視点から、全ての記事を振り返ってみると------
最も多くのかたがたに見ていただいているのは、一冊目に収められている「タモリ氏の十八番だった寺山修司のモノマネ」です。
次に、これも一冊目の、「山田孝之氏・探し続けていたリアリズム演技」。
以降が、今回 製本した二冊目の中のものとなり------
「きのう・きょう・あしたのジョー」。
次いで、「THE BAWDIES(ザ ボゥディーズ)を聴きながら---嗜好に関する自問」 「THE BAWDIES(ザ ボゥディーズ)---PV---」です。
この BAWDIESについて書かせていただいた二記事は、今現在も ワード検索やその他のきっかけにより 毎日 少なからずのかたがたからのアクセスがあり、「きのう・きょう・あしたのジョー」を あと幾日もしないうちに追い抜くことは必至です。
そして、地震後まもなくに思いのたけを吐き出させていただいた「心の底が見えるとき」、短歌「フルコース」、それから「あっしがケヤキの木だったころ」と続きます。

これらの、私の記事の中でアクセス数上位になったものは、どれも、公開後何カ月もしてから 様々なきっかけで 多くのかたに訪問していただいた結果です。
つい、公開後二週間ほどの間に 一通り いただいたコメントのお返事を済ませたら、自分の中で「過去のもの」という意識になってしまいがちです。
一年近く前に書いた記事の中には、半ば 内容を忘れかけているものすらあります。
けれど現実には、公開何カ月か後、それからが 公開直後を遥かに上回る数のかたがたが閲覧される可能性が非常に高いわけです。
冷たい廊下3.jpg

紙の匂いも新鮮な 書籍版「冷たい廊下・弐」をぱらりぱらりと捲り、私・ぼんぼちの頭には 上のような思いが去来した次第です。
私のような未熟者は 間違った考え・見聞も多々書いてしまうかも知れません。
また ブログは仕事ではないので あえて万人受けする内容を狙って書いてアクセス数を上げようという気もさらさらありません。
けれど、一記事一記事 大切に書いてゆこう------これだけは 強く心に誓っています。

------余談になりますが、一冊目の書籍発行日(ネット上での注文日が発行日として記されるようです)も二冊目も 偶然 1月19日でした。
こうなると、偶然を必然にもってゆきたくなるもので、三冊目の注文日は、やはり1月19日に・・・-----ここだけは狙おう と もくろんでいます。 

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 私が私であること----ブログを本にして----  [ブログ製本]

2009年・秋より 無手勝流の自己満足に始めた このブログ、2010年・末までの分を製本注文し、今 私の手には、書籍版「冷たい廊下」があります。

この B5版になった「冷たい廊下」が 我が部屋に届き、紙の質感と重みを両の手に確かめた時には、言葉にできない感慨に溢れました。
やみくもにパッと頁を開いてみたり、感想文(評論文)は まだまだ稚拙だなぁと反省してみたり、作文(小説)の中の蟹田氏の台詞を 声に出してみたり・・・・
これは、戸籍謄本や証明書の写真なんかより よほど明確に 「私」を示す書類だと言えます。
私の、享楽と恥と血と疾走と冷たさと叫びと孤独と訴えと逆説と怒りと後悔と航海と膿と笑みと皮肉と意地の悪さと体温のつまった 「私が私であること」を 何よりも正確に表す書類だと言えます。
ぶろぐ2.jpg
私はかつて、言葉とは別の分野で 表現のはしくれのような仕事をしてきたので、知人には、「それは既に 何度も経験済みでしょう?」
と 不思議な顔をされるかも知れません。
しかし、仕事と私事では、根源的に 突き進む方向が まるで違うのです。

私にとって仕事は、お金を稼ぐための手段でした。
「たまたまお金になったらラッキー!」ではなく、安定した生活収入を得るためには、「楽しく 好きなものだけを創った」り、「ただただ優れた作品を目指す」だけでは 成り立ちません。
諸々の、理不尽さや不自由さや憤りや馬鹿馬鹿しさを飲み込んでいかなければなりません。
-----もしも 私がこの考えでいることを否定する人がいるとしたら、私がこれ以外に生きる術があったか教えていただきたい。 人間には、各々 様々な事情があるのですから------

ぶろぐ1.jpgですから、私が仕事で遺してきた作品は、「私が私であること」というより 「私の仕事に於いての方法論」です。 それを図式化したものです。
表現の仕事の現場をまるで知らない人の中には、「表現者というものは全員、金などという つまらぬものにはまるきし興味が無く、かすみを食べて 雲のベッドに眠っている」くらいに思いこんでいたりする人がいます。
しかし、資本主義国家の中に生きるには、如何なる生業の人間も 資本主義の構造の外側にはみ出すことはできません。
表現の仕事というのは、鑑賞者に 夢を売る のであって、自らが夢を食べて生きてゆけるのではないのです。
無論、私がやってきた仕事-----私が仕事に於いて どのような方法論を持つか-----も、私であることに変わりはありませんが、それは あくまで「私であることの一部」です。
「私」という存在の一部に仕事が在るのであって、イコールや その逆には成り得ません。

早いもので 今年も もう半ばを過ぎました。
人間 誰れしも、いつ 何どき どうなるか解りません。
が、とにかく、2011年・末まで この調子で記事を更新させることができたら、また 一冊分の書籍にしようと考えています。
そうして、一枚でも多く、「私が私であること」の書類を重ね上げ 遺してゆければ・・・と思っています。

ふろぐ3.jpg

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