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「寂しくなかったですか?」 [父]

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よく話しの流れで「私の父は複数人愛人さんを囲っていて 私の家である本宅に帰るのは二ヶ月に一度くらいでした」と言うと、時々「寂しくなかったですか?」と たずねてくる人がいる。
そのたずねかた・そこに見える感情が「寂しかったのか寂しくなかったのか かいもく想像がつかないから教えて?」というのならいっこうに構わない。いくらでもたずねてほしいと思う。
そして「ぜんっぜん寂しくなかったですよ。だって、私にとってはそれが当たり前だったから」と 笑顔で答える。

しかし、たずねてくる人の中には 以下の感情が見え見えの輩が少なからずいるのである。
「寂しかったよねー!寂しくなかったわけないよねー!愛人囲うなんて酷いお父さんだよねー!」と言わんばかりの 眉をハの字にした いかにも哀れな者を見おろすような「寂しくなかったんですかあっ?」。
何?その決めつけ!愛人囲うことがさも悪いような 家に帰らないことが絶対的にいけないような、一方方向からのかたくなな考え。
どういうお父さんがいいお父さんかどうかは、その子供本人が決めることだろうが。

そういう感情で以て「寂しくなかったんですかあっ?」と迫ってくる人には、売り言葉に買い言葉で こう返してやりたくなる。
「ということは、アナタのお父さんは毎日家に帰ってきてたんですね。愛人の一人も囲えなかった 甲斐性無しのお父さんなんて、情けなくなかったですかあっ?」ーーーと。

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タグ: 愛人
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 父が入院した思ひ出  [父]

私が高校二年のある日、帰宅すると、母がメモ書きをリビングテーブルに放るように置いた。
「パパが入院してるんだとよ! おめーに見舞いに来てほしいだとさ!」
その頃、父は、一カ月か二カ月に一日しか家に帰らなかったので、それで初めて入院していることを知った。
----家に帰らない日 父はどこに寝泊まりしていたかというと、複数人囲っている愛人さんのいずれかのマンションだった。
メモ書きには、病院名とその病院であるらしい電話番号が記されていた。

入院している病院は、新宿御苑近くの父の会社の本社のすぐ並びに在った。
----後で聞いた話によると、社員がいつでも会社の状況を報告に来られるように その病院を選んだとのことだった。

土曜日の学校帰り、私が父の病室を訪れると、父は意外と元気そうにベッドに座っており、いつも私と逢う時と同じく上機嫌で 学校はどうだとか勉強頑張っているかなどと話しかけてきた。
と、財布から札をぴらっと出し、こう発した。
「ぼんぼち、一階の喫茶店でミックスサンドを包んでもらって来い! 釣りはお前のこずかいだ!」
私は首を横にふった。
何故なら、父の病気は、食事制限が必要な病気だったからだ。
私が動かないと見るや、もう一枚札をぴらっと足し、
「ぼんぼちちゃん、これで包んでもらって来てちょうだいナ」
やはり私が動かないと、もう一枚ぴらっと加え、
「ぼんぼちさん、どうかこれでお願いしますヨ」
ぴらぴらぴらっの手を引っ込めないのだった。
私は、制服の腰をあげないわけにはゆかなかった。
私は決して、こずかいをつりあげる駆け引きをしたのではなかった。
食べることは父の大の楽しみの一つだとよく解っていたので、父の気持ちを考えると 折れないわけにはゆかなかったのだ。
一階で680円のミックスサンドをホイルに包んでもらい、病室の父に渡し、29320円を学生鞄に 病院を後にした。

母は、父の入院中 一度も見舞いに行かなかった。
入院 入院中 退院の身の周りの世話は誰がやっていたかというと、愛人さんの一人だった。
大人になってからは、うちのような家庭は極めて稀なのだと解ったが、当時の私には 何から何までただただ当たり前の「父の入院」という 日常の中のちょっとした出来事なのだった。

父の入院.jpg



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 親近感  [父]

いつだったか テレビを点けたら、出川哲朗さんという芸人さんが こう話していた。

「小学生の時、友達に『明日は日曜日だから、お父さん帰ってくる日だね』って言ったら、その友達は『何言ってるの? ウチのお父さんは毎日帰ってくるよ』って 不思議な顔するんですヨーー。 で、ボクは、その子の家が特別なんだって ずーーっと思ってたんですヨーー。 ボクのお父さんは、愛人さん何人も抱えてて、日曜日以外は愛人さん宅を泊まり渡ってて、どこの家もそれがフツーだって 当たり前に思ってたんですヨーー」

でがわ.jpg自分は、苦笑しないわけにはいかなかった。
同時に、テレビの中の出川さんに、物心ついた頃から 共に遊び 一緒に白黒のスナップ写真におさまってきたような近しさを 感じずにはおれなかった。
自分も まるで同じ家庭だったからである。

小学四年か五年の時、一旦 家にカバンを置き、級友の家で 時の経つのも忘れ ゲームに夢中になっていたある日------
「ただいま」
級友のお父さんが 現れたのである。 ニコニコと穏やかな笑みと共に。
「お父さん帰ってきたーーー!」
級友も、軽々とゲーム盤から立ち 走って行った。
時計を見ると 七時前だった。

でがわ2.jpg自分は、級友とその父親は 実は火星人なのではないか というくらいに驚いた。
こんなに摩訶不思議な家庭も 世の中には ごくまれにあるものなのだな と思った。

自分は、それから 幾多の摩訶不思議な体験を重ね、そして、現代の日本に於いては 自分の家庭こそが 極めて少数派であったという事実を ようやっと認識した。
おそらく、出川さんも そうなのではなかったかと思う。

以来、テレビで出川哲朗さんをお見かけする度に、自分の細胞の一つ一つから えもいわれぬ親近感があふれ出るのを感じる。

親近感というものは、そこに各当する人間がまれであればある程、それが 秘められた物事であればある程 強く感ずるものである。

 
タグ: 出川哲朗
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