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ブルースに疎いぼんぼちの語るサニーボーイ・ウィリアムスンⅡ [感想文]

サニーボーイウィリアムスン2.JPG

私は、きちんと音楽理論を勉強したわけでも マニアというほど明るいわけでもありませんが、「好きな音楽ジャンルは何?」 と問われると 迷わず、「戦前からシカゴ時代までのブルース」 と答えます。
「では、その中で特に好きなミュージシャンは誰?」 と踏みこまれると、やはり迷う事なく 「ミードルクス・ルイスとサニーボーイ・ウィリアムスンⅡ」 と返します。
ミードルクス・ルイスは、戦前から戦後にかけての代表的なブギウギピアニストで、彼については以前 このブログで紹介させていただいたので、今日は、サニーボーイ・ウィリアムスンⅡについて 綴らせていただこうと思います。

サニーボーイ・ウィリアムスンⅡは、1899年生まれらしく(らしく というのは、この年生まれの説が最も有力で いまだに正確には不明だからです)、そして 主に1950年代初頭から1965年まで活躍し、シカゴブルースの土台を築いた一人と言われている 名ハーピスト(ハーモニカ奏者)&シンガーです。
名前の最後に付いている「Ⅱ」というのは、同姓同名のブルースハーピスト&シンガーがもう一人いて、その人と区別するために 後年になって付けられたものです。
両者の間に血縁関係や師弟関係はなく、Ⅱが「Ⅰのようになりたい!」といった願望から 同名の芸名にしたようです。
ですから、時代がくだってから編集されたものを除くと、発売されているレコードは勿論、CDもレコードのジャケ写を縮小コピーしたものですから、ⅠもⅡも単に、「サニーボーイ・ウィリアムスン」名義になっていて、ご本人の顔写真が印刷されていない盤もあるので、ちょっと調べないと判別しづらいです。

さて、その私の好きなほうのサニーボーイ・ウィリアムスンⅡ、どんな音を出していた人か というと、とにかく「渋い!」の一言に尽きます。
低めのしゃがれ声で、時に語るように 時に叫ぶように歌う。 けれど決して 腹の底から地面を揺さぶるように吠えたりはしない。
ハープも、肺の空気ありったけを使ってプヒーーーーーーーーーッ!!!とは演らない。 プヒプヒプヒプヒ プヒーーーッ!ってな感じです。
シカゴブルースと一口に言っても様々なわけですが、私は個人的には、彼くらいの「押し過ぎなさ」「引き過ぎなさ」が最も嗜好にしっくり来、至福の心地良さを感じてしまうのです。

後にロック界で世界的にメジャーになるアニマルズやヤードバーズとも 1964年に渡英した際に共演していて、その時のライヴはレコードやCD化されて遺されていますが、若きアニマルズやヤードバーズが いかに当時のブルースにリスペクトしていたかや ブルースからロックへと変遷してゆく様が手に取るように解かって、彼らとの共演も、ブルース史・ロック史に於いて 非常に貴重で有意義なことだったと 思わずにはおれないものがあります。

サニーボーイウィリアムスン2.JPG

サニーボーイⅡは、1965年まで仕事をしていた人でしたから 映像も幾つも遺されていて、それを観ると、聴かせることのみならず「観せる」ということに関しても とても心を砕いていたのが見て取れます。
先ず、お洒落です。
長い手足にバッチリ似合ったスーツに山高帽、肘にはステッキを下げての登場です。
そして、ハープの吹き方には 目が釘付けになります。
ノッてくると、両手をハープから離し、ハープをほぼ口の中に入れてしまい 口をモゴモゴと動かすことで音程を調節するのです。
のみならず、今度は 鼻でも吹き始めたりするのです。
それらの様子が、ユーモラスで楽しくて実に見事!
何というエンターテイメント性の高さ、サービス精神旺盛なアーティストなのでしょう!
私は最初、彼のファンになった時点では 音源だけしか知りませんでしたが、何年か経って映像を観て、「熱烈な」という形容の付く大ファンにならずにはおれませんでした。

彼は又、大の大酒飲みで、「これ以上飲むと死ぬぞ!」と 医者から宣告されていたそうですが 聞く耳持たずに飲み続け、晩年は、ステージの上に空き缶を置いて プレイの合間合間に缶の中に血を吐いてはステージをこなしていたそうです。
何というプロ根性でしょう!

そんなサニーボーイⅡ、1965年に ついに心臓発作で亡くなってしまいます。
精神的に 酒を飲まずにはおれないものが彼の中にとぐろを巻いていたのでしょうが、こういった点からも、如何にもブルースマンらしいブルースマンであったと、私は、ブルースに疎い者ながらも 深く頷いてしまいます。
サニーボーイウィリアムスン2.JPG

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「ベスト&ノンストップ フィンガー5」を聴いて [感想文]

今日は、70S前半 日本中を席巻したジャパニーズソウル・チルドレングループ フィンガー5のデビュー40周年を記念したアルバム「ベスト&ノンストップ フィンガー5」の感想をつづりたいと思います。
フィンガー5のCDは現在 幾枚も発売されているのですが、何故 私がこのアルバムを選んだかというと、カバー曲がたくさん収録されているからです。
カバーは、その歌い手さんの実力が如実に反映されるので、どの歌い手さんのアルバムを求める時も、私は「カバーが一曲でも多く入っていること」を目安に選んでいます。

ベスト&ノンストップ フィンガー5.JPG

フィンガー5がTVに登場するようになった頃、私は確か小学四年くらいでしたが、彼らの歌にまともに耳を傾けてみたことはありませんでした。
理由は----
私の父は若い頃 バイオリンニストで、クラシックだけでは食えずに、TVの歌番組のバックのオーケストラのアルバイトをしてしのいでいました。
が、それでも生活が出来なくなり、私が三才になった時に 音楽の仕事そのものも辞めたのですが、その後も、「クラシック以外は音楽じゃない! 特に流行歌の歌い手なんてみんな下手クソだ!」と憮然と言い放っており、私はそれを刷り込まれて育ったからです。
歌番組は観ていましたが、歌を聴くのではなく、ステージ衣裳のきらびやかさと好きなお顔の歌い手さんを観ることだけが目当てでした。

時が経ち 十八才になった時----
私は、FENから流れるチャック・ベリーと邦楽ではスパイダースとゴールデンカップスに衝撃を受け、父の流行歌全否定発言は、自身が本意ではないアルバイトをせねばならなかった事の屈辱感からくるやっかみであり 間違いだったと気づきました。
以降、ジャンル 時代 洋邦問わず、自分の嗜好に合いそうな音楽は 次々と聴いてゆくようになりました。
そして ふとしたきっかけで、最近 耳に留まったのがフィンガー5だったというわけです。

ベスト&ノンストップ フィンガー5.JPG

アルバム全体の印象としては----
想像していたより遥かにソウルフルで、さすが沖縄出身で米軍基地を巡って歌っていたキャリアのあるグループだと感服しました。
それから、何よりも心をわしづかみにされたのは、変声期を迎える前の晃くんの 歌唱力の高さと素晴らしくよく通る声質の美しさです。
殊に、ルイス・ウィリアムズのカバー「ステッピン・ストーン」は、非常に黒っぽく、マイナーコードでありながらもノリが良く、冒頭近くの何小節かを次に繰り返す時に 表声で一オクターブ高く歌っている事に驚かされました。 「表声でここまで高音が出るのか!」と。
メッセンジャーズのカバー「気になる女の子」も、アップテムポでゴキゲンな曲調で、「アアン・アアン・ア~アアアアン・・・・」というスキャットが何とも可愛らしいです。
他には、ジャクソン5のカバー「愛はどこへ」、カーペンターズのカバー「イエスタディ・ワンスモア」などが、まっすぐに美声が伸び、聴いていてとても心地が良かったです。

「世の中で最も美しい声は、変声期前の少年の声・ボーイソプラノだ」と昔から言われ、ウィーン少年合唱団などはそれを証明し続けている存在ですが、ジャンル 発声法は違えど、今回 私は改めて そう言われ続けている事に深く共鳴しました。
ウイーン----がクラシック界の「天使の歌声」であるなら、変声期前の晃くんは ジャパニーズソウル界のそれだと唸らずにおれません。

ベスト&ノンストップ フィンガー5.JPG

又、変声期というものについて このアルバムを聴いて初めて気付かされた事があります。
私は、変声期というのは、ある時 突然、小声でしゃべるのもままならないくらいにカラカラに声が出なくなり 何カ月かすると突如として出来あがった大人の男の声が出現するものだと思い込んでいたのですが、そうではないのですね。
じょじょに出る音域が下がっていって 最終的に大人の声に落ち着くのですね。
私は中学高校と女子校だったので、恥ずかしながらそういう事を全く知りませんでした。
ディスク1がほぼ時系列に沿った形で収録されていた事とDVDが付いていた事で よく解かりました。
変声期中の声だと オリジナルのバラード曲「悲しみの十字路」のあたりになると思うのですが、これは 少年とも青年ともつかず 中性的な魅力に溢れ、「何とセクシーな声なのだろう!」と惹きこまれてしまいました。
この時期の声も 寿命が短いだけに非常に貴重なものだと思いました。

シングルカットされたオリジナル曲にも 少し触れたいと思います。
「個人授業」 「恋のダイヤル6700」 「学園天国」 「恋のアメリカン・フットボール」 「バンプ天国」
これら一連の楽曲は、誰にも解かりやすくて 思わず一緒に口ずさみながらリズムをとりたくなる様 巧みに計算されて作られていて、歌謡ソウルの名曲といったところですね。
阿久悠氏 都倉俊一氏 井上忠夫氏といった 当時の売れっ子作詞家作曲家の起用によって、「この作品は売るぞ!」といったエネルギー 意気込みが伝わってきます。

ベスト&ノンストップ フィンガー5.JPG

ディスク2は、DJリミックスという形がとられていましたが、面白くリミックスされていると感じる箇所と 「耳ざわりが良くないなぁ、元のフィンガー5の楽曲をもっと尊重してほしいなぁ」と眉をひそめてしまう箇所があり、個人的にはプラスマイナスの両面を感じました。

そういった点はあるものの、総じて言えば、私はこのアルバムを購入して本当に良かったと実感しています。
フィンガー5の歌う楽曲、当アルバムに収められていないものも これから積極的に聴いてゆきたいと考えています。


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「ヨコハマホンキートンクブルース」聴きくらべ [感想文]

「ヨコハマホンキートンクブルース」-----1980年に、俳優の藤竜也氏・作詞 元ゴールデンカップスのエディ潘氏・作曲で作られ、エディ潘氏の歌唱によりヒットした イエローブルースの大傑作である。
過ぎ去った恋のみれんにブルージィに溺れる大人の男が、エディ氏の 上顎にカーンと軽く響かせる声の出しかたにより、心地良く 重過ぎないタッチで表現されている。

この「ヨコハマ----」、その後 幾人ものかたによってカバーされており、聴きくらべてみると、同じ歌詞でありながら それぞれ歌い手さんの個性・歌い方によって 微妙に違う主人公像・違う心情・違う情景が浮かびあがってきて 実に面白い。
よって今日は、その中で特に私が心を突き動かされた 数人のカバー作品を紹介してみることにする。

先ず、松田優作氏。
荒くれ者が路傍の空き缶を蹴飛ばしながら 自暴自棄になっている情景が浮かばずにはおれない。
ブルースというジャンルは、歌詞・感情を前面に出して メロディも音程も自分なりに崩して歌うのに相応しいので、役者が歌うのによく似合う。

ヨコハマ1.jpg同じく役者の原田芳雄氏もカバーしている。
力強さを備えながらもひょうひょうとした ふられ男の滑稽さに ついにんまりとしてしまう。
崩しかたは松田氏以上で、殆ど台詞のように歌っている。
「♪たとえばブルースなんて 聴きたい夜は・・・・」という一節があるのだが、「ブルース」の部分を モダンブルースの王者「BBキング」と歌っているところも興味深い。
私は個人的には、松田氏も原田氏も 日本を代表する名優だったとは認めているが、自身の個性をこれでもかと前に出す強烈な演技は嗜好に合わなく 役者としては好きにはなれない。
しかし、ブルース歌唱ではこれくらい自身に引き寄せて自身を出して表現することに 違和感を覚えず魅力を感ずる。

又、宇崎竜童氏も、二種類のバージョンで歌いあげている。
この歌は元々がスローテムポなのだが、元歌とほぼ同じテムポで歌っているものと かなりのスローで弾き語っているものとがある。
「♪たとえばブルースなんて・・・・・」の部分は、前者バージョンは「ジョンリー・フッカー」 後者は「エルモア・ジェイムス」と変えているところも、宇崎氏の敬愛するブルースミュージシャンがうかがえて楽しい。
さすが 本業がミュージシャンのかただけあって、音程に忠実で 根の張った底力が感じられる。
私は、数人の好きなカバー作品の中でも特に、この宇崎氏の 元歌とそう変えていないテムポのバージョンが気に入っている。
歌詞の世界観が 独自の世界観としてはなれ過ぎずに、---つまり、自身の個性を巧く出しつつも 元歌への敬意というものが伝わってくるからである。

そして、歌詞を作った藤竜也氏も歌っている。
ヨコハマ.jpgこの歌は元々違う歌詞が付いていたところに、「曲はいいけど詞は良くないから 俺が書き変えてやるよ」といった調子で、横浜を愛する藤氏によって今の詞に決定され、売り出されたらしい。
軽々と頓狂な男 といった像で表現されている。
「♪ブルースなんて・・・・」は、「♪トム・ウェイツなんて・・・・」である。
あえて王道のブルースミュージシャンでないところが意表をついていて心憎い。
又、間奏中に長々と台詞を入れているので、情景や主人公の心情が具体化されている。
ここまで説明されてしまうと、観客にゆだねる世界が少なくなって 好き嫌いが極端に分かれてしまうかもしれないが、たくさんの「ヨコハマ----」主人公像のある中では こんな像もあっていいのではないかと 私は思う。

この名曲、女性歌手も歌ってはいるのだが、やはり男の歌だと痛感する。
男でこその喜びと悲しさをめいっぱい経験してきた大人の男が歌って 初めて立ち上がり成立する世界である。
女性で歌ってサマになるのは、和田アキ子さんくらいではないだろうか?
一度、和田アキ子さんの歌う「ヨコハマ----」も聴いてみたいものである。

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映画「三沢川いきものがたり」を観て [感想文]

我らがSo-netブロガーのsigさんが、「三沢川いきものがたり」という映画を作られたので 観てまいりました。

sigさんは、本名・島倉繁夫さんとおっしゃり、長年 映像のお仕事に携わってこられた 映像ディレクターです。
私もこれまでに、島倉氏の映画史考察の講演の場などに しばしばお邪魔してきました。
そして今回は、氏が監督・編集をされたドキュメンタリー映画が完成し試写会が催されるというので、ちょっとしたご縁もあり 招待された次第です。

三沢川いきものがたり.JPG「三沢川いきものがたり」は----
タイトルが示す通り 三沢川に生息する様々な生物の生態系を観察したもので、三沢川というのは、東京郊外の稲城市と神奈川県川崎市の 住宅と梨畑のひしめき合う 「街なか」を流れる川です。
島倉氏は、この三沢川の近くにお住まいだそうで、映画では、主に川の「中流域」と呼ばれる 京王よみうりランド駅から稲城駅の間付近までの様子が 描写されています。

今まで数々のドキュメンタリー映画を観てきた私は、「この作品もおそらく、多くのそれのように 淡々と生物の生態を追っているだけの 緩急に乏しい映画だろう」くらいに想像しながら 会場の椅子にかけました。
ところが----!
引きあり寄りあり遥か彼方に広がる風景あり、よくこんなシーンに遭遇出来たな!と舌を巻かずにおれない カラスと蛇の格闘や 亀やスッポンの縄張り争いや サギやカワセミがトカゲや魚を捕っては飲みこむところや 腹を膨らませた蛇が飲んだばかりの餌をぐいぐいと長い腹の奥へ押しやる様子などが、テムポ溢れる鮮明な画で描写されていたのです!
しかも、付けられている音楽が、いかにもその場その場に相応しい効果的なもので、より映像に惹きこまれ 呼吸(いき)もつかずに見入ってしまいました。
又、全編に流れるナレーションも、解かり易いだけでなく とてもユーモラスで、思わず手を叩いて笑いたくなるセンテンスが幾つもありました。

三沢川いきものがたり1.JPG私はこれまでも、講演やブログを通じて島倉氏を尊敬してきましたが、この作品を観たことによって 尊敬の度合いは100倍に膨れあがりました。
終映直後にお話を伺うと、なんと! 撮影に6年 編集に2年費やされたのだとか!
感嘆の溜息とともに深く頭が下がりました。
そして同時に、映画を作るということは、ここまでも 辛抱と執念と努力の結晶なのだと、鑑賞と研究ばかりで現場を知らない私は、思い知らされました。

「三沢川いきものがたり」、生物に興味のある人や三沢川周辺の人達には勿論、それだけでなく、小中高校の芸術観賞会や ドキュメンタリー映画を多く扱う映画館「ポレポレ東中野」での上映など、これから一人でも多くの人に観てほしい! と願わずにはおれない 素晴らしいドキュメンタリー映画です。

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映画「あしたはどっちだ、寺山修司」 [感想文]

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寺山修司のドキュメンタリー映画「あしたはどっちだ、寺山修司」が公開されるというので、早々に劇場に足を運んだ。
監督・相原英雄氏 製作・2017年

私は観映前、いわゆるありきたりのパターンのドキュメンタリー映画だと思っていた。
つまり、近しかった人達の寺山を誉めちぎるインタビューが次々と流れ 昔の映像が挿入され、寺山を神のように礼賛して了る映画だ---と。
しかし、この作品はそれを大きく嬉しく裏切ってくれた。
映画は、一人の少女が寺山の謎を追究するという形で進行し、短歌作品が部分盗作だと騒がれた事や 作品上であたかも現実のように表現されている事が実は虚構だったという事や ノゾキで逮捕された事などの マイナスイメージに受け取られる諸々も 隠されることなく取り上げられていたのである。
インタビューも、天井桟敷に在籍していたかたがたの話のみならず、それまで表に出て来ることのなかった寺山の親戚のかたにマイクを向け、幼かった頃の寺山がリアルに語られる。
そして、寺山の母は、米兵のオンリーさんだったという これまで表向きにされなかった事実が明かされるのである。

又、寺山の仕事全般をまんべんなく追うのではなく、市街劇ノックに特にズームし、どれほど寺山が市街劇にエネルギーを注いでいたかが説かれ、当時の資料映像も長時間流された。
私は、ノックの映像は、以前イメージフォーラムの講座の中で観たものが全てだと思っていたのだが、他にも多数遺されている事が解かり、非常に興味深く吸引された。

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もう一つ、この作品が達作と成っている大きな要因がある。
青森の美しい風景の映像を巧く取り入れ、それがリズムと変化をもたらし、ありきたりの人物ドキュメンタリーの枠を大きく越境しているのである。
人物を扱うドキュメンタリー映画も、映画作品の一つに他ならないのだから、このくらい映像に拘ってくれると、観客も観ていて気持ちがいいものである。

最後に、この作品を観た個人的主観的推察を述べると----
寺山が何故あれほど 現実かと思わせる虚構に執着したかというと、それは、母がオンリーさんをやっていた後ろめたさ・悲しさと そうやって自分を養ってくれている という憎と愛の二律背反にゆきつくのではなかろうか、と思わずにおれない。
二律背反の中に置かれて 身動きの出来ない寺山少年は、嘘を吐くことで せめて虚構の中で母を殺すことで 自身の精神を保っていたのではなかろうか。
そしてその嘘が、寺山個人を突き破り、他者を街を国家を巻き込むことで アイデンティティを勝ち取ろうとしていたのではなかろうか。

「あしたはどっちだ、寺山修司」
相原監督の手腕によって 寺山の深い闇の奥底まで考え至り着地せずにはおれない 人物ドキュメンタリーの大傑作である。
あしたはどっちだ.JPG

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映画「ザ・タイガース 世界はボクらを待っている」 [感想文]

GS映画作りは、緻密なパズルを完成させるが如きものである とつくづく痛感する。
何故なら、GS映画を観に来る客というのは、主演のGSのメンバーが 数多く登場し カッコよく活躍し 楽曲を何曲も披露するのを観たい訳で、これらの、客を納得させる条件を全て満たしながら 矛盾・疑問を感じさせない劇映画を作らなければならないからである。
今回紹介する「ザ・タイガース 世界はボクらを待っている」(監督・和田嘉訓 脚本・田波靖男 製作・1968年)は、それを見事なまでにクリアした作品である。

世界はボクらを待っている.JPG
シノプシスは----
彼らのヒット曲「銀河のロマンス」の歌詞を元に起こしたもので、地球に不時着した異星の王女を ふとしたきっかけで人気絶頂で日々ステージをこなすタイガースがかくまうこととなり、するうち王女はジュリーに恋をし、円盤に騙し乗せ自星に連れ帰ろうとするものの、ジュリーは、自身やメンバーやファン達や町の人々の歌のエネルギーによって 無事ステージに戻りつく というものである。
究極の非リアリズムである。
これが少しも、違和感に首を傾げることなく ラストまで運ぶのである。
理由は、異星の王女にまつわるシーン以外の部分も 全て非リアリズムに徹底させている事である。
地方巡業へ向かうバスの中でも メンバーはステージ衣裳を着ていたり、メンバーの住む部屋は まるで舞台装置さながら というように。
半端にリアリズムを取り入れていたら マチエールにズレが生じ、異星の王女の登場が非常にトンチンカンなものに感じられていた筈だ。

メンバーのカッコイイ見せ方も巧い。
メンバーは全員が、ボーヤに化けてかくまわれている王女に対して 妹へのように優しく、王女の追手の宇宙ロボットを バッタバッタと鮮やかになぎ倒すのである。
又、メンバーの女装も上手に取り入れられている。
群がるファンをまいて どうやって楽屋から出よう というシーンである。
タイガースのファンの大半は10代から20代前半の少女達だった訳で、少女達は好きな男性の女装姿に 異様な興奮を見せる。
その心理をしっかりと把握しているのである。
世界はボクらを待っている.JPG

そして何といっても天晴れなのは、クライマックスシーンである。
王女の住む異星へ連れ去られようという円盤の中、タイガースの歌の爆発するようなエネルギーが円盤の調子を狂わせ不時着させると知ったジュリーは、ステージ上のメンバーやファンや町の人と一緒にエネルギッシュに 円盤のマイクに向かって歌う。
そして「映画館でご覧のみなさんもご一緒にお願いします!」と スクリーンから劇場の観客に向かって呼びかけるのである。
これ以上はない虚と実の融合である。
当時、劇場を埋め尽くしていたファンの少女達は いっせいに「ゴー!パウンド!」と 円盤落ちろとばかりに黄色い声を張り上げていたに違いない。
この作品は、それ位 非リアリズムでありながらもシラケさせる事なく観客を引き込む計算に成功している という事である。

成功の要因にはもう一つテクニックが見て取れる。
テムポである。
脚本が水っぽくなく----つまり、もったりする事なく 次から次へと むしろめまぐるしいほどに展開するのである。
ワンショットワンショットの終わりも、潔く短めに切られている。

「ザ・タイガース 世界はボクらを待っている」
GS映画の条件を十二分に満たし 余りある吸引力を備えた、GS映画を代表する 否、日本娯楽映画を代表する と言っても過言ではない大傑作である。

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森山大道氏の写真 [感想文]

好きな写真家は誰れですか?と問われたら、私は迷うことなく「森山大道氏」と答える。
森山大道氏は、写真を撮ったり鑑賞したりすることを趣味としている人には言わずもがなよく知られている 日本を代表する巨匠である。
氏の作品は、主に うらぶれた街やそこをゆききする人々をモチーフとした 粒子の粗いハイコントラストの どんよりとした白黒である。
それが、上辺の美しさではなく、魂の奥底に訴えかけるような 底力のある迫力で迫って来るのである。

----先日も、新宿で氏の個展が開かれたので 足を運んだ。
今回は、開催期間の中ほどの日にトークショー+サイン会が催されるということで、それにも参加した。
トークショーでは、昔 親交の深かった寺山修司氏との思い出話を語られたり、今回の撮影場所となった新宿の街での裏話を披露されたりしていた。
サイン会では、私が「お願いします」と購入した写真集の巻頭頁を開くと、森山さんは「(サインをする場所)ここでいい?ここでいいの?」と細かく確認してくださった。
私は今まで以上に氏のファンになった。

これからも折りある毎に、森山氏の写真に触れ、魂を揺さぶられたいと思う次第である。

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エクスパンデッド・シネマ再考 [感想文]

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恵比寿の東京都写真美術館に「エクスパンデッド・シネマ再考」展を観に行く。
エクスパンデッド・シネマ-----映画に明るいかたは 言わずもがなご存じで その作品の二、三はご覧になったことがあると思うのだが、映画に明るくないかたのために簡単に説明すると-----
既成の映画館などでの通常の投影とは別の場所・別の方法で投影される方式の、日本語では拡張映画と呼ばれるもので、1960年代半ばに出現した映画ジャンルである。
本展は、日本に於けるエクスパンデッド・シネマの代表作品の上映とその資料を展示したものである。

主な出品作家は、松本俊夫 シュウゾウ・アヅチ・ガリバー 飯村隆彦 ジャド・ヤルカット 等。
内、私が特に印象深かった作品は、やはり 松本俊夫の「つぶれかかった右眼のために」であった。
2スクリーンに3プロジェクターで 60年代の事件や風俗がめくるめくテムポで映し出されるアートドキュメンタリーである。
私はこの作品は、過去に何度も劇場で観、又DVDも所有していてしばしば自宅でも鑑賞していたが、改めて熱い創作意義を感じずにはおれなかった。
(本展をはじめ劇場再映やDVDでは、3プロジェクター分が1つに収められている)

シュウゾウ・アヅチ・ガリバーの「シネマティックイリュミネーション」も、強烈に吸引させられ しばらく立ちつくし観入ってしまった。
これは、巨大な輪っか状のスクリーンの内側に 18枚のスライド写真が次から次へと投影されるもので、本展で約50年ぶりの貴重な公開ということであった。
又、ジャド・ヤルカットの「EXPO67」も、二重に映された映像が理屈抜きに美しかった。

60年代は、社会が大きく揺れ動き、そのために文化も異様なエネルギーを持ち爆発した 実に刺激的な時代であったが、本展ではその片鱗を垣間見ることが出来、60年代文化をリアルタイムで体験できなかった私としては、非常に嬉しい催しだった。
又、これまでエクスパンデッド・シネマという映画ジャンルがあることをご存じないかたが 本展を通じて認識され 興味深く感じてくださったら、一映画ファンとして本望でもある。

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映画「映像の発見---松本俊夫の時代」 [感想文]

5月1日2日、シアター・イメージフォーラムにて、「映像の発見---松本俊夫の時代 第1部・記録映画篇 第2部・拡張映画篇 第3部・劇映画篇 第4部・実験映画篇」が、監督のトークショー付きで上映された。
記録映画・実験映画・拡張映画・劇映画と あらゆるジャンルで日本の映像界のトップを担ってきた映像作家・松本俊夫氏の軌跡を、松本氏ご本人や関わりの深かった人物へのインタビューと松本作品本編の引用で構成したドキュメンタリーで、539分に渡る壮大な作品である。 監督は筒井武文氏。 2015年製作。
当初は追悼特集として企画されたわけではなかったが、奇しくも公開2週間前に松本氏は亡くなってしまったので、結果的に追悼上映となった。
なお、当作品は全部で5部構成なのであるが、第5部は、1部から4部を松本氏に観せ それについて松本氏が語る形をとっているので、1~4部を鑑賞した観客に日をおいてから観てほしい という筒井監督のご意思で上映されなかった。

松本俊夫.jpg

作品の出来としては、可もあり不可もあり といったところだった。
先ず、可は----
一人の人物を扱ったドキュメンタリーにありがちな必要以上の神格化・偶像化がされていなかったことである。
松本氏が余りにもテレビ向けとはいえない芸術性の高い難解な記録テレビ映画を創った事諸々をきっかけに 三年半もの間 映像界から干され、道路工事や家庭教師など 映像とは全く関係のない仕事で食いつないでいた話、作品創りを巡っての意見の相違の末 氏が怒りのあまりスタッフの一人の首を絞めた話などが、カットされずにそのまま淡々と語られていた事である。
実に爽快である。
又、作品を通して 日本の映像界がどのような変遷をたどってきたかも詳らかに解かり、松本氏に興味のある人以外にも 日本映像史の勉強となるつくりとなっていたところも良かった。

そして不可は----
インタビュアーである筒井監督の声が小さすぎて、松本氏が何について 頷いたり首を傾げたり答えたりしているのかがとても解かり辛かったことである。
声を大きく出来なかったのならスーパーインポーズを入れれば良いのに と思った。
これはトークショー後の質疑応答の時間に全く同じ意見をぶつけていた観客が複数いたので、やはり私だけが感じた問題ではなかった様である。

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主観的な感想としては----
「1990年代以降は殆ど作品を創られていないが それは何故か?」という問いに対して、「大病をし、その後は体力が衰え 創作エネルギーも乏しくなってしまった。 エネルギーがない中で駄作を創るくらいなら創らないほうが良い」と答えられていて、私は如何にも妥協を許さない松本氏らしい英断だなと 好感を持った。
世の中には、一旦名が出ると どれほどの駄作であっても垂れ流すように創り続け、そうして創られた駄作をも称賛する盲目的ファンが少なくないが、私はそういった構図はいかがなものかと思うのだ。

又、第2部の拡張映画篇では、氏の拡張映画の代表作である「つぶれかかった右眼のために」の部分がインタビューの合間合間に繰り返し挿入され 面白い構成と成っていたが、「つぶれかかった---」のラストショットの後も第2部本編は続いていたので すっきりしなかった。
「つぶれかかった---」のラストを2部本編のラストにもってくればまとまりが良かったのに と思った。

が、全体的にはこの映画は創られて良かったと思える作品だった。
作品の解説のみならず、それまで知り得なかった松本氏の人柄や感情を充分に知ることが出来たのであるから。
そしてつくづく、松本俊夫氏ほど、幅広いジャンルに挑戦し クオリティの高い作品を生み出してきた映像作家は他にいないと 改めて思い知らされた。
日本に、松本俊夫という存在がなかったら、現在の日本の映像界はなかったと断言できる。
松本俊夫氏がこの世に誕生した事は、日本映像界の大きな幸だった。

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映像作家・松本俊夫先生逝去 [感想文]

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映像作家の松本俊夫先生が、先日の4月12日に亡くなられた。 85才だった。
松本先生は、「薔薇の葬列」 「ドグラ・マグラ」 「つぶれかかった右眼のために」 「アートマン」等、従来の映画の枠組みにとらわれない革新的な前衛映画を幾多生みだされた 我が国を代表する映像作家であった。

私は松本先生の作品を知る以前は、「自分は映画というジャンルにおおいに興味があるのだが、納得のいく作品に出逢ったためしがない。 今まで観てきた作品のようなものばかりが映画の全てである筈はない!」と 日々疑問符を抱えていた。
それが30代半ばの時、「ドグラ・マグラ」に遭遇したことで 一気に疑問は氷解し、私は松本俊夫先生の虜になった。
そして松本先生の作品を片っ端から観、著書はすべて読了した。
講義も二度ほど受けるチャンスに恵まれた。
先生のお言葉を一言一句聴きのがすまいと、ペンを片手に集中した 貴重で有意義で至福の時間であった。

松本先生の存在がなかったら、私は映画ファンにはなっていなかった と断言できる。
松本俊夫という帰る場所があったから、他の作家・監督の作品にも越境して享しむことができたのである。

今、私の内は空虚さでいっぱいである。
まるで 何も映し出されていないスクリーンの客席にぽつんと独り座しているような・・・・。
もぅ 私には映画ファンでいる意味がなくなってしまった。
生きる気力もなくなってしまった。
松本俊夫2.JPG

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