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甘い物が苦手になりました [独り言]

幼少の頃は、ただ苦いとか辛いとしか感じられなかったビールやわさび漬けが、大人になってみると美味しいと思えるようになった、というかたは多いでしょう。
子供の味覚と大人の味覚は根本的に違いますからね。
今日の記事はそれとは別で、大人になってから味覚が変わったーーーという話しです。
私は激しく変わりました。

私は、40才くらいまでは、甘い物が大好物でした。
でも、ニキビやかぶれなど肌トラブルが絶えなかったので、いつも我慢して めったに食べないようにしおかき1.JPGていました。
甘い物を我慢することは大変な苦痛で、日々 大きなストレスを感じていました。
そして、40才を過ぎてからは肌質改善に対する努力を諦めて、甘い物を食べたいだけ食べてやろうと思いました。
すると逆に、甘味の強いものがあまり好きではなくなりました。
食べるとしたら、たまに さっぱりとしたチーズケーキとか ブランデーやラムのの効いた大人向けのモンブランとか 生クリームをほんの少しだけ付けたスコーンとか、夏場にはバニラアイスクリームとか。
飲み物は、ウィルキンソンのジンジャーエールの辛口とか 苦いコーヒーの上にホイップクリームの浮いたウインナーコーヒーとか。

おかき2.JPGけれど、1年くらい前から、それすらも受け付けなくなってきたのです。
つまり、甘い物がほぼ全般的に苦手になったのです。
甘味の少ないケーキもスコーンもジンジャーエール辛口もウインナーコーヒーも、舌も気持ちもが拒否してしまうようになりました。
「不味い」と感じるようになったわけではないのですが、ほんの一口で「もう充分、これ以上は口に入れられない」と思ってしまうのです。
56才である今現在、甘味の入っているものを摂るのは、ドリンクヨーグルトか 行きつけの喫茶店の甘味の少ない手作りジャムの乗ったジャムトーストくらいです。
おやつに好んで食べているのは、KINOKUNIYAオリジナルのおかきです。(写真参照)

味覚って、年齢とともにこんなに変わるものなんだ! 40才くらいまでは「一度でいいから甘い物をお腹いっぱい食べることが出来たら どれほど気持ちが満たされるだろう!」と 夢に出るほどに思い続けていたのに、自ら拒否するようになるなんて、、、と、自分で自分に驚いています。
みなさんは、大人になってから、味覚、変わられましたか?


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タブレット端末は快適! [独り言]

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私・ぼんぼち、今まで端末は、デスクトップのパソコンとスマホを使っておりましたが、一ヶ月ほど前にタブレット端末も購入し 三刀流となりました。

タブレット端末を買おうと決めた理由はーーー
最近 パソコンのブログの頁が重たくなってきたことと、私は喫茶店マニアでしょっちゅう喫茶店にゆき そこで長い時間を過ごしているのですが、その間 何をしているかというと、スマホから 自分のブログ記事やコメントを確認したり 人様のブログに訪問したりしているのです。
で、どうもやはり、スマホは小さくて 閲覧がし辛いな コメント入力がやり辛いな ということを感じていたためです。

私のスマホはauなので、迷わずauショップへ向かいました。
ちょっとした不具合を診てもらうためではなく端末を購入する場合は、商品数が揃っていると思われる 広めの売り場面積の「吉祥寺大通り店」と これも決めています。

来店し、案内係りのかたに来店目的を尋ねられ答えると、Oさんという男性の担当のかたに引き継がれました。
Oさんに、「スマホがアンドロイドなのでタブレットもアンドロイドにしたい」ということ 「用途は、99%ブログの閲覧・コメント入力で、自分のブログの記事投稿もタブレットからしたい」ということ 「とにかく大きな画面のが欲しい」ということを伝えました。

するとOさんは、「アンドロイドで大きな画面となると、こちらの商品一種類になりますね」と 見本を示して下さったので、寸分迷うことなくそれを購入することにしました。
カラーは、白 緑 臙脂 の三色の中から臙脂を選びました。
テーブルに斜めに立て掛けられる フタのついた同色のケースも求めました。

Oさんはスマホと連携させたいか否かを尋ね、私が連携はさせたくないと答えると、次の作業として、文字の大きさを私にとって適切な大きさに設定して下さり、そして メールアドレス取得の方法も教えて下さり、すぐに取得完了となり、使用OKの状態にして下さりました。
Oさんは終始とても丁寧で解りやすい説明をして下さり、こういう方面に疎い私としてはとても助かりました。

私はOさんにお礼を言い、auショップ吉祥寺大通り店を出るや、さっそく 行きつけの喫茶店で、自分のブログにログインし ブログの閲覧や訪問 コメント入力を試しました。
スマホは、眼鏡ケースの上に斜めに立て掛け 背中を丸めてチマチマチマチマとやってましたが、タブレットの大きな画面では、背筋を伸ばしたまま 画面に顔を近づけることなく、シュターーッ タターーッ トトン!と 実に快適に操作が出来て 気持ちが良いことこの上ないです。
本当に タブレット端末を購入して良かったと 実感しています。

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チップの思ひ出 [独り言]

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母親が死んで27才で完全な自由を手に入れた私は、「これから何をして人生楽しんでゆこうかな?」と考え、すぐに浮上したのが、当時 住んでいた街に在った憧れのカクテルラウンジでアルバイトすることだった。

その店は、オーセンティックなショットバーというにはだいぶ広めで、テーブル席も幾つもあり ピアノも置いてあり生演奏も出来る ホテルのラウンジ形式で経営する 主にカクテルを提供するかなり気取った店だった。

アルバイトは、シェイカーとミキシンググラスこそ触れさせてもらえなかったが、カクテルのレシピを覚えたり スピリッツやリキュールの味や歴史の説明が出来るように勉強したり ビルド物(グラスの中で作るカクテル)を作ったり カウンター越しに礼儀正しく接客したり、と 覚えねばならないことは山ほどあったが、私は自分が知りたかった世界だったので、楽しみながらも意欲的に仕事をしていた。

単価の高い店だったので、客層は50代以上が殆どだった。
中ーーー、珍しく 30代と40代の男性4人組の 友達であるらしいグループがいた。
彼らは特別 おぼっちゃまといった雰囲気でもなく 全員気さくで、月に一度くらいの割で ふんぱつしてちょっといい洋酒を堪能しに来るのが大の楽しみ、、、といった様子だった。

ある時、会計の了った4人に、赤いチェックのチョッキをキメた私は ドアの所で、「ありがとうございました。 またのお越しをお待ちしております」と 両手の指を腹に揃えて重ね 45度の会釈をした。
ーーーと、その中の一人の男性が、一万円札をピラッと私に差し出した。
この店ではチップをくれる客は少なくなかった。
従業員一人一人に三千円づつ配ったり マスターに一万円渡して「みんなで分けてね」と言ったり。
が、彼らがチップをくれたことはそれまでなかったので、「今日は羽振りがいいんだな」と思った。
そして、「え〜〜〜 こんなに頂けませぇ〜〜ん!」と嬉しさを隠せない口調で身体をくねらせ 掌を出した。
すると、4人の目は一瞬 点になり、万札を出した男性が大笑いしながら明るくこう発した。
「お前にやるなんて誰が言ったかよぉ! タクシー代にするから崩してくれって言おうとしたんだよ! ハハハ・・・・」
他の3人も大爆笑した。

いやはや、大笑いしてもらえて救われた。
あの時、しら〜〜〜っと冷めた空気になっていたら、私は凍りついて粉々に砕け散っていたこと必至だった。 
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S氏の災難 [独り言]

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これは、私の友人のS氏から聞いた、ある夜 突然 何の予告もなくふりかかってきた とんでもない災難の話である。

先ず、S氏はどういう人物かというとーーー
「東京に在る有名大学を三つ挙げてみて!」と問われたら、誰もが必ず 二つ目か三つ目のどちらかに名を挙げる大学の出身である。
趣味は、能楽鑑賞と茶道である。
つまり、インテリで品格のある人物なのである。

そんなS氏は日本酒が大好きで、三十代になったばかりのある夜も、いつものように仕事了りに都心で呑み、Ç線に乗り 郊外のM駅で下車し、自身の住むK市の住宅街を ゆらゆらと鼻歌混じりに気分良く 自宅に向かっていたという。
と!
突如 パトカーがS氏の脇にピタリと停まり、刑事らしき人が「おいっ!お前、来い!」と S氏の腕を掴み、有無言うすきを与えず S氏をパトカーに引っ張り入れたという。 パトカーには運転する警官と刑事の他に 若い女性が乗っていたという。

「えっ???何ですか?」
訳も解らず困惑するS氏の感情はまるでないがしろに、S氏を乗せたパトカーはK警察署に走り着き、S氏はがらんとした無機質な小部屋に連れ込まれたという。

小部屋の椅子に座らされますます困惑するS氏の前に先の刑事が現れ こうどなったという。
「お前!道を歩きながら さっきの女性の身体を触っただろ!」
まるで決めつけるが如くのどなりっぷりだったという。
S氏は、「とんでもない! 僕は、駅から家に帰るためにあの道を歩いていただけです!」と否定すると、「じゃあお前! 今日一日どういう行動をしていたか説明してみろ!」と みぢんもS氏の言葉を信用しない態度で迫ってきたという。
S氏は、「朝 起きて、〜して〜して、いつも通りに仕事をして、○時に仕事が了ったら〜して〜して、○時頃に○○に在る○○という店で日本酒を呑んで、○時くらいにÇ線に乗ってM駅で降りて、家に帰ろうと、○通りを通って〜を曲がって〜を曲がってあの道を歩いていました」と答えると、その刑事は小部屋を出て行ったという。
するや入れ違いに 別の刑事が入って来て、「お前!今日一日の行動を説明してみろ!」
全く同じ台詞をどなったという。
辟易しながらも、S氏は、全く同じ答えを繰り返したそうだ。
するとその刑事も去り、入れ替わり立ち替わり、幾人もの刑事が同じように 今日一日の行動を 高圧的に説明させたのだという。

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十回以上説明させられたところでーーー
突然、「帰っていい」ーーー釈放されたという。
何でも、パトカーに同乗し 被害現場付近を刑事と共に犯人探しをしていた女性が、S氏を発見するや、「この人です!この人に間違いありません!」と言い切ったのだという。
そして、釈放された理由は、真犯人が見つかったからだという。

S氏は、「何度も同じ説明をさせられたのは、違った事を話したら嘘を吐いているっていう裏付けになるからだよ」と言っていた。
K警察署は、S氏を家まで送り届けてくれなかったどころか、一言の謝罪の言葉もなかったという。
S氏は白々と夜の明けかかったK市の住宅街を、酔いも覚め果て ぐったりと疲れ果て、トボトボと一人自宅に帰ったそうだ。

それから何ヶ月か経った頃ーーー
同居するS氏のお父様は、風景や花の写真を撮るのが趣味で、カメラを首から下げ 近所の花を撮り歩いていたところ、巡回していたK警察署のパトカーに引っ張り込まれそうになったそうである。
お父様はK警察署まで連れて行かれずにこそ済んだそうだが、「今、部屋の中の女性を盗撮してただろ!」と やはり決めつけの態度で凄まれたそうである。

K市は、住宅街とちょっとした商店街だけで構成されている平和な街である。
K警察署はよっぽど暇であるらしく、何とかして犯罪者をひねり出したくてしかたがないらしい。
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手に汗にぎる話 [独り言]

みなさんは汗っかきですか?
私ぼんぼちは、掌にだけ尋常ならざる量の汗をかきます。
真冬、寒い寒いと感じていて特別何かを長時間にぎったりしていなくても、二時間くらいすると掌だけがベッタリとしてきます。
ましてや、スマホ操作や書き物をしていると、ーーーつまり、四本の指を軽くほぼ丸めていると、みるみる掌が霧を吹いたが如くにキラキラしてきます。

だからといって生活に困るほどのことはなく、スマホのスイッチやパソコンのマウスを触る時は、服でよく掌を拭ってからにするように気をつけている程度です。

そんな私ですから、手荒れというものを今までの人生で一度も経験したことがなく、手荒れがする 手が乾燥する 手がカサカサになる という感覚がまるで解りません。
バッグの中に小さなハンドクリームを入れていて しばしば揉み手をするように塗り込んでいる女の人を見ると、「長い髪をアンニュイにかきあげるのと同じに ファッション的アクションとしてやっているのだろう」と思い込んでいたほどです。

が、手荒れをする人は本当にそれで悩んでおられるのだと、最近、観念としてですが理解しました。
まあ、それも私の手汗と同じく生まれ持つた体質だと思うので、手荒れ体質のかた、ご自身に合った良いクリームと仲良くお付き合い出来ることを陰ながら祈ってます。

私は毎日、のんびりのほほんと 手に汗にぎる生活を続けてゆきます。

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タグ:手汗 掌に汗
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美術科予備校・講習会に来たヌードモデルさんの思ひ出 [独り言]

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私は美術高校の一年二年の時、美術の勉強を学校の授業以外にも学びたくて学びたくて、某美術科の予備校の講習会に、美大を目指す浪人生や他の美術高校の生徒とともに、春休み 夏休み 冬休み と通っていた。

ある 夏休みの講習の日-----
その日は、丸一日かけて 木炭デッサンを一枚仕上げる という課題だった。
モチーフは、女性ヌードである。
二十人ほどの受講生は私も含め、「どんなモデルさんが来てくれるのかな? ルンルン!」と 気分が高揚し、油絵具と木炭とパンの入り混じった匂いの立ちこめる画室の空気は浮き立っていた。

美術の基礎を学ぶにあたっての「良いモデルさん」というのは、決して グラビアモデルやファッションモデルのように 美人でナイスボディである必要はない。
それよりも、先ず第一に、「中肉中背で均整がとれていること」、顔も、「大き過ぎず小さ過ぎず 玉子型であること」が好もしいのだ。
何故なら、基礎勉強では、人間の身体のつくり プロポーションの平均値を頭に叩き込まなければならないので、たとえ多くの人が美しいと感じる容姿であっても、どこかが極端に○○な人 というのは適さないのである。
第二に好もしいのは、ポージングの上手いモデルさんである。
何故、着衣ではなくヌードを基礎勉強として描くかというと、皮膚の下に脂肪があり 脂肪の下に筋肉があり 筋肉の下に骨がある-----という そこまでの構造を、見抜き 熟知し易い状態にするためである。
そのためには、手を頭や腰に置いたり 身体をひねったり 片足に重心をおいてもう片足を流したりしてくれると、筋肉の収縮や骨の曲がりが出来、とても良い学びになるのである。

私達受講生は、ルンルンしながら、モデル台の前に各々イーゼルを立て カルトンを置き 木炭の芯を抜いたりして 授業の準備を整えていた。
ルンルンの空気は、授業開始時刻が近付くにつれ 高まっていっていた。

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-----と、
画室に、明らかに受講生ではないと判る 四十代くらいの女性が入ってきた。
百キロくらいありそうな肉付きだった。
「・・・・・・・えっ!? まっ・・・・まさか!?」
私達約二十人は、嫌な予感が当たらぬことを願った。
しかし・・・・・・・・・
その女性は、ついたての向うに歩いてゆき、ほどなく 全裸で現れ、モデル台の上に立った。
そして、タイマーを自分でセットし、両手を後ろにまわし 足を肩幅に広げ、仁王立ちになった。
でろんと垂れ下がった大きすぎる乳房 五百円玉より遥かに大きい乳輪 三段どころか五段の腹 えくぼだらけの丸太さながらの脚・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ルンルンの空気は、みるみる画室の床を這うが如くに どよ~~んと鈍く重たくなった。

「みんな!おはよう! もうモデルさん いらして・・・・・・」
三十代半ばの男性講師が片手を挙げ画室に入るや、動きと言葉が止まった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
私達受講生は、心の中で揃って、「でしょーーーーー」と 眉をハの字にして口をとがらせた。
「・・・・・・・・・・・・んーーーー、モデルさん・・・・・・えっと・・・・・ポーズをね、・・・・・ちょっと こう・・・・・手を頭に乗せるとか、片足だけに重心をおくとか、身体をひねるとか、・・・・・・そういうの、何かやってもらえませんか?」
講師がやや遠慮がちに指示すると、モデルさんは間髪置かずに「できませんっ」と返した。 「これしかできませんっ」 と。
講師は「はぁ~」と ため息をつき、受講生一同を 申し訳なさそうな目で見やった。
私達は、床を這う空気感で 木炭紙にあたりをつける作業に取り掛かった。
画室は私達が半袖の服を着ていても汗ばばないくらいの室温だったが、モデルさんは、全身に滝のように汗をかき始めた。 はあはあという苦しそうな息使いとともに。
汗は垂れ流れ、陰毛をつたってポタポタと落ち、股の間に直径十五センチくらいの汗だまりができた。
ジリリリリリリッッッッッ!!!
タイマーが鳴り、休憩時間となった。

すると、モデルさんは講師に小声で何やら話かけ、ついたての向うに隠れたかと思いきや、服を着て画室から出て行った。
「・・・・・・・・・・・・あのーー、みなさん、モデルさんは この部屋の匂いで気持ちが悪くなられたそうで、帰られました。・・・・・・・・・・・・・・・・んーーー、今日の授業、どうしようか・・・・・・・んーーー、仕方ないから、みんなで交代でモデルになって 一分間クロッキーをしようか。・・・・・・・じゃ、この椅子をモデル台に乗せるから、先ず キミから座って」 
と、一人一分間づつモデルになり、それを何回転もして、その日一日の勉強を了えたのだった。

私が講習会に何度も通った中で、一番 印象強かった思ひ出である。

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風紀委員長をやっていた時の話 [独り言]

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私は高校時代、立候補して風紀委員長をやっていた。
私が通っていた高校での風紀委員の役割りというのは、制服を校則通りに着ているか(学校指定の仕立て屋で仕立てた制服を 自分好みに改造してはいないか、ブレザーのボタンを全部キッチリ留めているか、ネクタイを緩みなく締めているか、校章を正しい位置につけているか) 派手なヘアスタイルをしていないか、化粧やマニキュアをしていないか、を月に一度 校門に立ちチェックすることと、今後の身なりについて 検討・改革してゆくことだった。

私は、仕立て屋で仕立てたままだと 寸胴でバランスが悪く太って見える制服は、身体にフィットさせて 特にウエスト部分を絞ってスタイルが良く見える様に改造し、隙間なく真っ赤にニキビが出来 ブルドッグさながらにぶよぶよに太った顔は、少しでも綺麗に細く小さく見える様に ファンデーションをべったりと塗り 側面にシャドウを入れ、髪は頬をおおい隠し くるんくるんにパーマをかけ腰までのばし、小学生の時に「おばあさんの手みたい」とからかわれたどす黒い指には、血色が良く見えるように淡いピンク色のマニキュアを塗っていた。

そんな私が何故、風紀委員のしかも長に自らすすんでなったかというと----
校則にある身なりの規定は、勉学にいそしむ為に何の意味もなさない無駄なもの----どころか逆に、活き活きと心地良く勉学に邁進する為の意欲をそぐ 負の縛り以外の何物でもないと思わずにおれなかったので、風紀の顧問の教師に抗議をして なくしてしまおうと考えたのだ。
私が通っていたのは美術高校だった。 美術高校の学生は美術を学ぶ為に学校生活を送っているのだから、その背中を押せぬ、逆に足かせにしかならぬ校則など 廃止するべきだ----と。、
現に私は、制服を改造したり そういった化粧やヘアスタイルにすることで、コンプレックスを少しだけれど軽減させられ、美術の勉強に強く打ちこむ事が出来、美術の成績は学年でトップだった。

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よく、「~らしさが大事」と したり顔で語る人がいる。 高校生は高校生らしい服装や髪形をしなさい。 化粧やマニキュアなんてとんでもない、と。
しかし、ぱっと見が高校生らしいことって、そんなに重要なことなのだろうか?
重要なのは、高校生活で何をやっているかではないだろうか?
ぱっと見が重要だという人がいたら、どういう理由で仰るのだろうか?
説得力のある理由を教えていただきたいものである。
「高校生らしさ」以前に「その人らしさ」の方が、一億倍大事なのではないだろうか?
何故なら人間は誰しも、「自分」という存在があり それが成り立って、初めてその土台の上に高校生なり何なり、何らかの立場でいられるのだから。
自分という存在をつぶされてしまったら、高校生でいられないどころか、精神的に人間として生きることが出来なくなってしまうのではないか。

私は風紀委員長になるや、即刻 これらの内容を、風紀の顧問の教師に切々と訴えた。
けれど、顧問の教師は、「・・・・・・そうよねぇ・・・・・・・その通りよねぇ・・・・・・・」と 頷きながら困った顔でうつむくばかりだった。
----風紀顧問の教師はまだ若い女教師で、校則を変えられる権限を持っていなかったのである。
私は、校長に直訴しようとは考えなかった。
その女教師の言葉や表情から、それは一縷の望みもないほどに無力な行いであると悟ったからだ。

後日----
クラスの担任の中年男性教師が、私にこう吐いた。
「ぼんぼちぃー、ぼんぼちの化粧や髪形や制服改造は、職員会議でも問題になってるぞー!」
注意されたところで、私は自分のスタイルを変えようとはみぢんも思わなかった。 変えてしまうと、私が私でいることが根底から崩れてしまうからだった。
美術でトップの成績を維持できなくなるどころか、登校することすら不可能になってしまうと自分でよく解かっていた。
一体全体何故、アニメや流行歌に夢中になって たいして美術の勉強もしなく成績の良くない生徒が、身なりの校則を守っていれば何のおとがめも受けずに、醜い容姿を少しでも美しく健康的に見せる工夫をして、コンプレックス軽減でアイデンティティを確立し、他の生徒の何倍も努力をして美術の成績でトップを取っていた私が叩かれなければならなかったのか----身なりの校則の重要性が、今以ってサッパリ解からない。
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マジメと不良 [独り言]

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ある時 同世代の女性と話をしていて、ちょっとした流れから、「私は中学生の時、学校帰りにほぼ毎日 喫茶店に寄ってましたよ」と言った。
するとその女性は、「えーーっ! 不良ーーっ! 怖ーーい!」と おびえた表情でいっぱいになり 如何にも恐ろしいものから遠ざかる様なアクションをした。
私は当時も今も、一体全体何故、中学生が学校帰りに喫茶店に寄ることが不良行為なのか サッパリ解からない。
入ったところで、タバコをふかすわけでも ビールやジンフィズを飲るわけでもなく、ただおとなしく、コーヒーやクリームソーダを飲んだり カレーやナポリタンを頬張ったり パフェやサンデーにスプーンをのばしたりして くつろいで帰路につくだけなのに・・・・・・・と。

また別の日、やはり同世代の男性と話をしていたら、「・・・・・で、ぼんぼちさんは、中学生の時は何回くらい補導されたことがあるの? 警棒で叩かれるのって痛いよねー! 少年院には入ったことある?」と 当たり前!といった様子で聞かれた。
私が、「えぇっ! そんなこと一度もないですよっ!」と 眉を険しくして驚くと、「へぇぇー、マジメだったんだねー。 そんなマジメやってて、中学生活 楽しかった?」と さも珍しいものを見る様な目をされた。 

多くの人は自分が基準で、世の中の多数の人間は 自分と似たり寄ったりの学生生活を送ってきたと、無意識のうちに思い込んでいるのだろう。 私もその一人かも知れない。
ちなみに私は自分のことを、マジメでも不良でもなかったと自覚している。
私の定義する「マジメ」は、学生の本分である勉学に勤しむ為にに何ら関係のない 何の意味のない校則を、何一つ疑問を抱かずにキッチリ守る生徒で、「不良」は、万引きや恐喝 傷害など、世間様に迷惑をかける 法律に触れることをやらかす生徒である。
そして、マジメな生徒も不良の生徒も、学校毎に非常にムラはあるものの、統計を取ったら どちらもごくごく一握りで、多くの生徒は、かつての私の様に マジメでも不良でもなかったのではなかろうかと 思っている。
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中野桜まつりと鮎の塩焼き [独り言]

四月某日、澄み渡った青空となったので、最寄りの駅から四駅離れた中野の街に、一人 ぶらりと桜を観に出掛けた。
中野は、アーケードや飲み屋で賑わう一角の西側に、北へ延々と伸びる桜並木の通りがあり、途中、新井薬師公園という 地元の人がちょっと集まる桜の公園もあるのだ。

私は、桜並木を見上げつつそぞろ歩き、新井薬師公園へ入った。 公園には「桜まつり」と横幕が掲げられ 園内には屋台がずらりと並んでいた。
----おや! 鮎の塩焼きの屋台も出ているではないか!
私は鮎の塩焼きには目がなく、居酒屋やこういった屋台で鮎の塩焼きを見つけると、必ず求め 頬張っているのだ。
屋台では、たいてい五百円である。
が、ここのは七百円と書いてある。
----七百円かぁ、高いなぁ・・・・・・高いから今回はやめようかなぁ・・・・・・・・・・しかも、屋台のおじさんは、口をへの字に曲げてむっつりと目を閉じ 椅子にふんそり返ってて なんだか怖そうだし・・・・・・・

中野桜まつり.JPG串にうねり泳ぐ形で刺さった鮎達を横目にゆき過ぎ、屋台の列が途切れた辺りで足を止めた。
----やっぱり食べたい!!
私は鮎屋の屋台へと戻った。

鮎屋のおじさんはスマホを耳に当て、酷く不機嫌そうに何やら話をしていた。
私が鮎屋に正面向いて立つと、おじさんは人差し指を立て「一?」と示した。
私も人差し指で「一」と応えた。
おじさんは不機嫌そうに話を続けながら、スマホを持っていないほうの手で 鮎の一匹を炭の上の網に乗せ 私が差し出した千円を受け取り 三百円を私の掌に乗せた。

おじさんはスマホを置いた。
と、先までとは別人の如く満面の笑みとなり、「今日は花見に来たの?」「どこから来たの?」「あー、あっちのほうなら井の頭公園が近いよねー」などと、鮎を丁寧に何度も裏返しながら話かけてきた。
私も笑顔で話に応じた。
「くれぐれも食べる時、やけどしないでねー! 気をつけてねー!」
串の端の部分をティッシュで丹念に包んで 絶妙に焦げ目のついた鮎を「ハイッ!」と手渡してくれた。

私は公園内で座って食べられる場所を探した。
ベンチもあったが、園内にはお年寄りがたくさんいたので、背もたれのあるベンチはお年寄りのために空けておこう と、花壇の縁のコンクリートの上に腰掛けた。

私が鮎をかじっていると、私の両側に 園内をぶらぶら歩いていたお年寄りが、一人・・・また一人と座り、花壇の縁はお年寄り達でびっしりになった。
首からネームプレートを下げた介護師さんらしき中年の男性に押された車椅子のお年寄りも、わらわらと花壇の縁付近に集まってきた。
お年寄りは全部で二十人くらいいた。
私はいつの間にやら、お年寄り達の輪の中にぽつねんと居る形となった。
「○○さんーん! 写真、撮ってもらいましたかー!」
「△△さんも、写真、撮ってもらいましたかー!」
「これで、全員 撮りましたねー!」
介護師さんは、お年寄り達に声を飛ばした。
「では みなさんに、これからおしぼりとお茶を配りまーす!」
私より左側の端に腰掛けているお年寄りから順に、「はい!××さん、おしぼり!」「はい!◎◎さん、おしぼり!」、私を抜かして「はい!◇◇さん、おしぼり!」・・・・・・
紙おしぼりがお年寄り全員に配られ渡ると、今度は、紙コップに注がれた緑茶が用意された。
「はい!××さん、お茶!」「はい!◎◎さん、お茶!」、私を抜かして「はい!◇◇さん、お茶!」・・・・・・
ベンチは空いたままだったのでベンチに移動しようか・・・・・とも考えたが、今 移動すると、いかにもお年寄り達が来たことが迷惑だと思っていると受け取られても悪いな と思ったので、そのままコンクリートに座って 鮎をかじり続けていた。

「それ、おいくらでしたか?」
私の右隣に腰掛けていた 上下青のジャージの痩せこけたおじいさんが、私の鮎を指差した。
「七百円です」
中野桜まつり1.JPG「そりゃあ高い! ワタシにはとても買えない! とてもとても」
顔の前で 縦にした掌を左右に振り 笑った。
「あらぁ! お魚も売ってるのぉ?!」
そのまた右隣の、くしゃっと寸の詰まった しわくちゃの顔のおばあさんが、ひょいと顔を出した。
「鮎ですよ、そこで売ってますよ」
屋台のほうを指した。
「あらぁ~ そう! 美味しそうだこと!」
ますます顔をくしゃっとさせた。
「鮎、売ってるのね」
今度は左から声が聞こえた。
薄紫色のスプリングコートをまとい 白髪をポニーテールにした 若い頃はさぞかし美人だったろうと思われるおばあさんだった。
「アタシはね、相模川から四里の所に昔 住んでましてね、その頃 相模川では鮎がよく釣れたのよ。 釣り人が季節になるとたくさん来て、ここまで(腰の辺りに手をやり)水に浸かって釣ってたの。 でもね、アタシ達 地元の者は、鮎が減っちゃうといけないからっていうんで、他所から来る釣り人にゆずってあげて釣らなかったのよ・・・・・・」
私は、柔らかな陽を浴びながら 情景を思い浮かべた。

鮎を食べ了え、新井薬師公園を出、再び桜の通りを北へ歩いた。
今日の七百円の鮎は、七百円の値打ちがあったな・・・・・と思いつつ・・・・・・・


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九州女は情が深い??? [独り言]

前々回、私は、「出身地が嫌いだから出身地を聞かれること自体があまり好きではない」という概要の記事を書いたのだが、それに類する話で、言われたら テーブルをひっくり返したくなるほど嫌なことがあったのを思い出したので、今回は それを綴ろうと思う。

「生まれ 育ちはどこ?」という話題になった時に、「じゃあ、小さい頃はどこに住んでたの?」と 聞かれることがよくある。
「福岡県です」と答えると、「どういう理由で福岡に住んだの?」と返ってくる。
九州女.jpg「父の実家が福岡だからです」と私。
そこまではいい。 福岡は大好きな土地だったので、そこまではいいのだ。
ところが!! その返答に対して こうのたまう輩が少なからずいるのだ。
----それは必ず男性である。
「ということは、半分 九州人の血が入ってるんだ! 半分 九州女なんだ! 九州女っていうのは情が深いんだよねぇ!!」
それはもう嬉しそうに 満面ふにゃふにゃにして肯定的に発するのである。
私はちっっっっとも情が深くないし-----どころか、過去に付き合ったり結婚してきた人全員に、「アナタは冷たい」「アナタほど冷たい人には逢ったことがない」と ぶつけられてきたほどだ。
それに、生まれてから30才くらいまで ずっと福岡に住み続けていたから というならまだしも、「血」で語られることには 非常に非理論的な馬鹿馬鹿しさを覚えずにはおれない。
否、それ以前に、「九州女は情が深い」。 そんな根拠が、一体全体どこにあるのだろうか?

私は間髪置かずに、「いいえっ! ちっとも情は深くないですっ! いつも冷たいと言われますっ!」と キッパリと否定する。
九州女1.jpg営業職でもホステスでもないのに、相手の望む答えを偽ってして喜ばす必要など みぢんもないからだ。
そこで、「ふうん、そうなんだ・・・・・・」と引き下がってくれれば、こちらのテーブルに掛けた手も引っ込む。
しかし、そういった輩は ほぼ例外なく、ますます顔をふにゃふにゃにしてますます肯定的に こうくるのだ。
「またまたぁ~ ほんとは情が深ーーーいんでしょ。強がっちゃってー。 ほんとは尽くすタイプなんでしょ?」
私は余りの怒りに テーブルの縁の手をブルブル震わせつつ 眉間にしわを寄せて口をへの字に曲げるのがお決まりだ。

今までは、そこで爆発寸前の怒りを飲み込んできたが、相手に言いたい放題言われて 多大なストレスを溜め込んで帰るのは理不尽極まりないので、今度からは、「へぇぇぇっっっ!? 九州女が情が深いって 一体どのような論拠に基づいて仰っているんですか? 地域性の血って遺伝するものなんですか?」と 徹底的に論破して ぐうの音も出ないまでにやり込めてやろうと 拳を硬くしている。

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