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金魚の釣り堀の思ひ出 [独り言]

東京郊外の国立の町に住んでいた 小学三、四年の頃ーーー
私は夏休みの宿題はさっさと片付けてしまう気質だったので、夏休み最終週のこの時期になると やることがなくなってしまうのがお決まりだった。
スポーツは嫌いだったので 市民プールに行くことなどありえなかったし、自宅の向いの空地の秘密基地は 十二分に確認を完了していたし、気まぐれのホットケーキやクッキー作りも飽きてしまっていたし、、、

そこで、遊びに出向いていたのが、釣り堀だった。
あの時代は、どこの小さな町にも三本立ての映画館が在ったのと同じ感覚で、どこの町にも当たり前のように 個人経営の小さな釣り堀が在ったように記憶している。
国立には、自宅から駅に向かうちょうど中間辺りの位置ーーー旭通りの電信電話局(現・NTT)の裏に 一軒在った。
私は、唯一の子分である四才年下の弟を従えて、夏休み最終週の五、六日を、その釣り堀通いに費やした。

確かーーー
堀は二つあり、屋外が大人用のへらぶなの釣り堀、屋内が子供向けの金魚の釣り堀だった。
餌は小さな芋虫で、私は触るのが苦手で 弟に「しょうがねえなあ」と口をとがらせられながら 針に付けてもらっていた。
私はよく 針が引いても捕り逃がしてしまうことが多く、釣り堀屋のおじさんに「お姉ちゃん、針が引いたら『ん!』と一息待って、それからグッと上げるんだよ」とアドバイスをいただいたりしていた。
どんな大きさのどんな色・柄の金魚が釣れるか予測が出来なかっただけに、釣り上げた時は思わず「わあ!」と 堀中に歓喜の声を響かせていた。

空気を入れてパンパンに膨らませた袋のとりどりの戦利品を抱え帰り、家の水槽に放った。
針に傷ついていたためだろう すぐに死んでしまうものもいたが、なかなか長生きしてくれたヤツもいた。

国立の釣り堀は、私が年を重ねて釣り堀に行かなくなったのを見計らったが如くに 閉堀してしまった。
他所の町のそれらも同じく、次々と無くなってしまった。
近年まで頑張っていた 三軒茶屋や阿佐ヶ谷の釣り堀も、惜しまれつつ消えてしまった。

ーーーが、私の知る限り、都内でも今だに賑わいの衰えない釣り堀が 一つ在る。
市ヶ谷の釣り堀である。
中央線で北側を眺めながら通り過ぎる度に「よしよし!」と頷き、無意識にも口角あがり 一人微笑んでしまう。
あの堀は何を釣らせてくれるのか解らないが、これからも末永く遺り続けてほしいと密かに願っている。
あの釣り堀が無くなってしまったら、私の金魚の釣り堀の拙い思ひ出も 消滅してしまうように思えてならないのだ。

金魚.jpg


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我が街・西荻窪の街紹介 [独り言]

今回は、私が好きで住み始め 早くも十九年になる 我が街・西荻窪がどういう街であるかを、ご紹介させていただきたいと思います。

西荻窪ーーー通称・西荻は、中央線(東西線と総武線も乗り入れてます)の 吉祥寺と荻窪の間に在る 杉並区で最も西に位置する街です。

街の歴史を大雑把に説明するとーーー
関東大震災で焼け出された下町の人達がごっそり移り住んだ街のひとつなので、古い商店に人情や温もりを感ずる 下町ちっくな匂いのする気取りのない街です。
戦後は、元将校さん家族も多く住み始め、そういったお屋敷から出たアンティーク品が近隣に売り出されたために、街の中にはアンティークショップがそこここに点在しています。
「西荻アンティークマップ」なるチラシも作られているほどです。
最近は、隣の吉祥寺よりテナント料が安いという理由や 大観光地ウケは狙わずにちょっと捻りの効いた小粋な方向性を目指したい といったカフェが、あちこちにオープンしています。

そんな歴史を歩んできた西荻、ランドマークといえる場所が三つあります。

西荻窪.JPG先ず一つめはーーー
南口アーケードに吊るされた 巨大なピンクの象さんです。
何年か前までは、幼稚園児が集団でこさえたような バランスの悪いボロっちいハリボテで、私はこれこそが、西荻の街をほっこりゆるやかな空気にしてくれる守護神のように感じ、下を通る度に「よしよし!」と 口角を上げ頷いていたのですが、今は、プロの業者に作らせたと判る プラスチックか何かの小綺麗な象さんになってしまい、いささか残念なものを覚えてしまいます。
が、西荻といえばピンクの象さん であることに変わりはないので、これはランドマーク一位に置きつづけたいと思います。
ちなみに、ピンクの象さんは、ハリボテ時代も現在も 単なる飾り物ではなく、西荻の祭りの際に子供用の山車となる重要な任務を背負っており、一年に一度だけ降臨します。

西荻窪1.JPG二つめはーーー
焼き鳥屋の「戎(えびす)」です。
これ以上はない!と言い切れるほどに庶民的な空間で びっくりするほどお安いのに、焼き鳥もその他も美味しく、又 メニューの多さにも驚かされます。
特に「いわしコロッケ」は、初めての入店時には是非とも注文していただきたい 意匠も面白い一品です。
陽の暮れかかった時分には、すでに サラリーマンや家族連れや何をやって生きているのか解らない人達で 店内はぎゅうぎゅう詰めになります。
午前十一時くらいに店の前を通ると、窓を拭いたり仕込みをしたりしている店員さんの傍らで、必ず ニ、三人のおじさんが瓶ビールを傾けています。

三つめのランドマークはーーー
「こけし屋」です。
今年で開業七十周年を迎える かつては井伏鱒二先生もお仲間と頻繁に訪れていたという、一階がケーキ屋 二階が喫茶室 三階がフランス料理の 老舗店です。
年配のかたに「西荻窪に住んでいます」と言うと、ほぼ百パーセントに近い確率で「駅の近くに『こけし屋』って店があるでしょ」と返ってきます。
私はイマドキのカフェより古い喫茶店のほうが好きなので、二階の喫茶室にはしょっちゅう トーストを頬張ったり 書き物をしたりしに足を運んでいますが、お店のかたも年季の入ったご年齢で、とても愛想よくフレンドリーに接してくださいます。

西荻には、こけし屋喫茶室の他にも古い喫茶店が嬉しく迷うほど生き残っており、私は「どんぐり舎」「物豆奇」「ビーイン」のあたりもお気に入りです。
他には、、、かの世界チャンピオンの輪島功一さんのボクシングジムが在り、熱い男達が出入りするのが見られたり、ふりかけといえば!の「丸美屋食品」の本社事務所もスタイリッシュな佇まいで建っています。

ごくごく簡単な紹介でしたが、我が街・西荻窪は、こんな所です。
涼しくなったら、人混みのない どこか知らない街をのんびりと散策してみたいな、、、とお考えのかた、もしもお気が向かれたら 西荻窪を選んでみてくださいね。


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リトルシガー「キャプテンブラック・ダーククリーム」を久々に吸っています [独り言]

私は最近、およそ18年ぶりに、リトルシガーのキャプテンブラック・ダーククリームという銘柄を享しんでいます。
ほぼ毎日、お気に入りの喫茶店で一本と、夜 自室で一本、リトルシガーの為の時間をゆうるりと満喫しています。

喫煙品の類に興味がないかたはご存じないとお察しするので、リトルシガーというものがどういうものであるかを簡単に説明させていただくとーーー
一見、単に茶色い紙で巻かれているシガレット(紙巻き煙草)に見えますが、リトルシガーはシガー(葉巻き)の一種です。
葉巻き用の葉を刻んだものを葉巻き用の葉を砕いて水に溶いてシート状にしたもので巻いた、シガーの中で 最も細く 最もチープなシガーです。
チョコレートに例えると、誰が見ても葉巻きと判る太いシガーが、ゴディバのチョコであるのに対して、リトルシガーはチロルチョコのような、そんなランクのシガーです。

吸い方はーーー
先ず、リトルシガーを、根元から先まで鼻に近づけて往復させて、香りを享しみます。
着火は、マッチまたはライターひとつでOKです。ーーーここは、シガレットと全く同じやり方で、専用の道具は何も必要としません。
そして、頬を軽く膨らませ 口腔内に煙を溜めて 舌を転がす様にして煙を味わいます。
しばらく舌を転がして味わったら、ゆっくり「ふぅぅぅぅ〜〜〜〜」と 煙を吐き出します。
この間、呼吸は、鼻呼吸をします。
シガレットと違って、煙は肺には入れません。
これを何度か繰り返し、一本を吸い了えます。
吸い了りは シガレットの様にムギュウと揉み消さなくとも、灰皿の中にコロンと置いておけば すぐに火は消えます。
以上が、リトルシガーの享しみ方です。
キャプテンブラック・ダーククリーム.JPG

何故、私が約18年前にリトルシガーを吸い始め やめ そして再び吸う様になったかというとーーー
その頃、私は 演劇や映画の勉強を夢中でしているさなかでした。
演劇理論 映像理論 劇作家の研究 日本近現代演劇史 実験映画史 シナリオ作法 等々、、、
その中で 演技の実技を学ぶ ということもしていました。
で、ある時、スタジオ内発表会を演りましょう という運びになり、私はキャストに選ばれ煙草を吸う役をあてられたのです。
私は紙巻き煙草の匂いは苦手なので「どうしたものか、、、」と逡巡していると、演出家に「所詮はアマチュアの習作だから 銘柄までは指定しません。煙草の類なら何でもいいですよ」と言われたので、子供の頃から「いい香りだなあ」と感じていたシガーの、形状だけがシガレットの、このリトルシガーを吸うことにしたのです。
キャプテンブラックのダーククリームを選んだ理由は、幾銘柄か試してみたリトルシガーの中で、個人的にこれが一番 嗜好に合うと感じたからです。
「甘さと辛さのバランスが絶妙だ!」と思いました。

稽古期間・本番を過ぎても、美味しかったために その後も吸っていましたが、リトルシガーは上記の様な吸い方をするものなので、人と話しながらは享しめません。
話しかけられて答えたり 笑った拍子に、うっかり煙を肺に吸い込んだり 逆に一気に吐き出してしまったりするからです。
一人でいる時は寸暇を惜しんで勉強したかったので、リトルシガーを享しむ時間を設けるのがもったいなく、一ヶ月後くらいに やめるともなくやめてしまいました。

そして、約18年経った最近、どうしてまた吸おうと思ったかというとーーー
夢に出て来たのです!しかも三度も!!
キャプテンブラック・ダーククリームをゆうるりとくゆらし、至福の境地に居る自分の夢を 三度も観てしまったのです!!!
それ迄の18年間は、シガーを売っている煙草屋の前を通る度に「あの甘辛い味は美味しかったなあ」くらいの思いで「どうしても吸いたい!」という自覚はなかったのですが、三度も夢に出て来たということは、意識下では 相当に吸いたい気持ちが膨張しているのに違いないと 判断したからです。
加えて、今現在は、時間に余裕のある生活をしているので、これは運命だ!、、、と。

この記事をお読みの方の中には「吸うのは身体に悪いよ」と 忠告したくてうずうずしている方も少なくないかも知れません。
でも いいんです。私は ストレスを溜めながら細く長く生きる人生など送るつもりはなく、好きなことを存分に享しんで 短くとも満足のゆく人生を選びたいと考えているので。

さて、記事も書きあがりました。
書きながら啜っていたコーヒーも空になりました。
黒をアクセントとしたアイボリーの四角い小箱を鞄から取り出し、至福の境地へと越境するとしますか、、、
キャプテンブラック・ダーククリーム1.JPG

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甘い物が苦手になりました [独り言]

幼少の頃は、ただ苦いとか辛いとしか感じられなかったビールやわさび漬けが、大人になってみると美味しいと思えるようになった、というかたは多いでしょう。
子供の味覚と大人の味覚は根本的に違いますからね。
今日の記事はそれとは別で、大人になってから味覚が変わったーーーという話しです。
私は激しく変わりました。

私は、40才くらいまでは、甘い物が大好物でした。
でも、ニキビやかぶれなど肌トラブルが絶えなかったので、いつも我慢して めったに食べないようにしおかき1.JPGていました。
甘い物を我慢することは大変な苦痛で、日々 大きなストレスを感じていました。
そして、40才を過ぎてからは肌質改善に対する努力を諦めて、甘い物を食べたいだけ食べてやろうと思いました。
すると逆に、甘味の強いものがあまり好きではなくなりました。
食べるとしたら、たまに さっぱりとしたチーズケーキとか ブランデーやラムのの効いた大人向けのモンブランとか 生クリームをほんの少しだけ付けたスコーンとか、夏場にはバニラアイスクリームとか。
飲み物は、ウィルキンソンのジンジャーエールの辛口とか 苦いコーヒーの上にホイップクリームの浮いたウインナーコーヒーとか。

おかき2.JPGけれど、1年くらい前から、それすらも受け付けなくなってきたのです。
つまり、甘い物がほぼ全般的に苦手になったのです。
甘味の少ないケーキもスコーンもジンジャーエール辛口もウインナーコーヒーも、舌も気持ちもが拒否してしまうようになりました。
「不味い」と感じるようになったわけではないのですが、ほんの一口で「もう充分、これ以上は口に入れられない」と思ってしまうのです。
56才である今現在、甘味の入っているものを摂るのは、ドリンクヨーグルトか 行きつけの喫茶店の甘味の少ない手作りジャムの乗ったジャムトーストくらいです。
おやつに好んで食べているのは、KINOKUNIYAオリジナルのおかきです。(写真参照)

味覚って、年齢とともにこんなに変わるものなんだ! 40才くらいまでは「一度でいいから甘い物をお腹いっぱい食べることが出来たら どれほど気持ちが満たされるだろう!」と 夢に出るほどに思い続けていたのに、自ら拒否するようになるなんて、、、と、自分で自分に驚いています。
みなさんは、大人になってから、味覚、変わられましたか?


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タブレット端末は快適! [独り言]

タブレット端末.JPG

私・ぼんぼち、今まで端末は、デスクトップのパソコンとスマホを使っておりましたが、一ヶ月ほど前にタブレット端末も購入し 三刀流となりました。

タブレット端末を買おうと決めた理由はーーー
最近 パソコンのブログの頁が重たくなってきたことと、私は喫茶店マニアでしょっちゅう喫茶店にゆき そこで長い時間を過ごしているのですが、その間 何をしているかというと、スマホから 自分のブログ記事やコメントを確認したり 人様のブログに訪問したりしているのです。
で、どうもやはり、スマホは小さくて 閲覧がし辛いな コメント入力がやり辛いな ということを感じていたためです。

私のスマホはauなので、迷わずauショップへ向かいました。
ちょっとした不具合を診てもらうためではなく端末を購入する場合は、商品数が揃っていると思われる 広めの売り場面積の「吉祥寺大通り店」と これも決めています。

来店し、案内係りのかたに来店目的を尋ねられ答えると、Oさんという男性の担当のかたに引き継がれました。
Oさんに、「スマホがアンドロイドなのでタブレットもアンドロイドにしたい」ということ 「用途は、99%ブログの閲覧・コメント入力で、自分のブログの記事投稿もタブレットからしたい」ということ 「とにかく大きな画面のが欲しい」ということを伝えました。

するとOさんは、「アンドロイドで大きな画面となると、こちらの商品一種類になりますね」と 見本を示して下さったので、寸分迷うことなくそれを購入することにしました。
カラーは、白 緑 臙脂 の三色の中から臙脂を選びました。
テーブルに斜めに立て掛けられる フタのついた同色のケースも求めました。

Oさんはスマホと連携させたいか否かを尋ね、私が連携はさせたくないと答えると、次の作業として、文字の大きさを私にとって適切な大きさに設定して下さり、そして メールアドレス取得の方法も教えて下さり、すぐに取得完了となり、使用OKの状態にして下さりました。
Oさんは終始とても丁寧で解りやすい説明をして下さり、こういう方面に疎い私としてはとても助かりました。

私はOさんにお礼を言い、auショップ吉祥寺大通り店を出るや、さっそく 行きつけの喫茶店で、自分のブログにログインし ブログの閲覧や訪問 コメント入力を試しました。
スマホは、眼鏡ケースの上に斜めに立て掛け 背中を丸めてチマチマチマチマとやってましたが、タブレットの大きな画面では、背筋を伸ばしたまま 画面に顔を近づけることなく、シュターーッ タターーッ トトン!と 実に快適に操作が出来て 気持ちが良いことこの上ないです。
本当に タブレット端末を購入して良かったと 実感しています。

タブレット端末1.JPG

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チップの思ひ出 [独り言]

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母親が死んで27才で完全な自由を手に入れた私は、「これから何をして人生楽しんでゆこうかな?」と考え、すぐに浮上したのが、当時 住んでいた街に在った憧れのカクテルラウンジでアルバイトすることだった。

その店は、オーセンティックなショットバーというにはだいぶ広めで、テーブル席も幾つもあり ピアノも置いてあり生演奏も出来る ホテルのラウンジ形式で経営する 主にカクテルを提供するかなり気取った店だった。

アルバイトは、シェイカーとミキシンググラスこそ触れさせてもらえなかったが、カクテルのレシピを覚えたり スピリッツやリキュールの味や歴史の説明が出来るように勉強したり ビルド物(グラスの中で作るカクテル)を作ったり カウンター越しに礼儀正しく接客したり、と 覚えねばならないことは山ほどあったが、私は自分が知りたかった世界だったので、楽しみながらも意欲的に仕事をしていた。

単価の高い店だったので、客層は50代以上が殆どだった。
中ーーー、珍しく 30代と40代の男性4人組の 友達であるらしいグループがいた。
彼らは特別 おぼっちゃまといった雰囲気でもなく 全員気さくで、月に一度くらいの割で ふんぱつしてちょっといい洋酒を堪能しに来るのが大の楽しみ、、、といった様子だった。

ある時、会計の了った4人に、赤いチェックのチョッキをキメた私は ドアの所で、「ありがとうございました。 またのお越しをお待ちしております」と 両手の指を腹に揃えて重ね 45度の会釈をした。
ーーーと、その中の一人の男性が、一万円札をピラッと私に差し出した。
この店ではチップをくれる客は少なくなかった。
従業員一人一人に三千円づつ配ったり マスターに一万円渡して「みんなで分けてね」と言ったり。
が、彼らがチップをくれたことはそれまでなかったので、「今日は羽振りがいいんだな」と思った。
そして、「え〜〜〜 こんなに頂けませぇ〜〜ん!」と嬉しさを隠せない口調で身体をくねらせ 掌を出した。
すると、4人の目は一瞬 点になり、万札を出した男性が大笑いしながら明るくこう発した。
「お前にやるなんて誰が言ったかよぉ! タクシー代にするから崩してくれって言おうとしたんだよ! ハハハ・・・・」
他の3人も大爆笑した。

いやはや、大笑いしてもらえて救われた。
あの時、しら〜〜〜っと冷めた空気になっていたら、私は凍りついて粉々に砕け散っていたこと必至だった。 
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S氏の災難 [独り言]

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これは、私の友人のS氏から聞いた、ある夜 突然 何の予告もなくふりかかってきた とんでもない災難の話である。

先ず、S氏はどういう人物かというとーーー
「東京に在る有名大学を三つ挙げてみて!」と問われたら、誰もが必ず 二つ目か三つ目のどちらかに名を挙げる大学の出身である。
趣味は、能楽鑑賞と茶道である。
つまり、インテリで品格のある人物なのである。

そんなS氏は日本酒が大好きで、三十代になったばかりのある夜も、いつものように仕事了りに都心で呑み、Ç線に乗り 郊外のM駅で下車し、自身の住むK市の住宅街を ゆらゆらと鼻歌混じりに気分良く 自宅に向かっていたという。
と!
突如 パトカーがS氏の脇にピタリと停まり、刑事らしき人が「おいっ!お前、来い!」と S氏の腕を掴み、有無言うすきを与えず S氏をパトカーに引っ張り入れたという。 パトカーには運転する警官と刑事の他に 若い女性が乗っていたという。

「えっ???何ですか?」
訳も解らず困惑するS氏の感情はまるでないがしろに、S氏を乗せたパトカーはK警察署に走り着き、S氏はがらんとした無機質な小部屋に連れ込まれたという。

小部屋の椅子に座らされますます困惑するS氏の前に先の刑事が現れ こうどなったという。
「お前!道を歩きながら さっきの女性の身体を触っただろ!」
まるで決めつけるが如くのどなりっぷりだったという。
S氏は、「とんでもない! 僕は、駅から家に帰るためにあの道を歩いていただけです!」と否定すると、「じゃあお前! 今日一日どういう行動をしていたか説明してみろ!」と みぢんもS氏の言葉を信用しない態度で迫ってきたという。
S氏は、「朝 起きて、〜して〜して、いつも通りに仕事をして、○時に仕事が了ったら〜して〜して、○時頃に○○に在る○○という店で日本酒を呑んで、○時くらいにÇ線に乗ってM駅で降りて、家に帰ろうと、○通りを通って〜を曲がって〜を曲がってあの道を歩いていました」と答えると、その刑事は小部屋を出て行ったという。
するや入れ違いに 別の刑事が入って来て、「お前!今日一日の行動を説明してみろ!」
全く同じ台詞をどなったという。
辟易しながらも、S氏は、全く同じ答えを繰り返したそうだ。
するとその刑事も去り、入れ替わり立ち替わり、幾人もの刑事が同じように 今日一日の行動を 高圧的に説明させたのだという。

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十回以上説明させられたところでーーー
突然、「帰っていい」ーーー釈放されたという。
何でも、パトカーに同乗し 被害現場付近を刑事と共に犯人探しをしていた女性が、S氏を発見するや、「この人です!この人に間違いありません!」と言い切ったのだという。
そして、釈放された理由は、真犯人が見つかったからだという。

S氏は、「何度も同じ説明をさせられたのは、違った事を話したら嘘を吐いているっていう裏付けになるからだよ」と言っていた。
K警察署は、S氏を家まで送り届けてくれなかったどころか、一言の謝罪の言葉もなかったという。
S氏は白々と夜の明けかかったK市の住宅街を、酔いも覚め果て ぐったりと疲れ果て、トボトボと一人自宅に帰ったそうだ。

それから何ヶ月か経った頃ーーー
同居するS氏のお父様は、風景や花の写真を撮るのが趣味で、カメラを首から下げ 近所の花を撮り歩いていたところ、巡回していたK警察署のパトカーに引っ張り込まれそうになったそうである。
お父様はK警察署まで連れて行かれずにこそ済んだそうだが、「今、部屋の中の女性を盗撮してただろ!」と やはり決めつけの態度で凄まれたそうである。

K市は、住宅街とちょっとした商店街だけで構成されている平和な街である。
K警察署はよっぽど暇であるらしく、何とかして犯罪者をひねり出したくてしかたがないらしい。
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手に汗にぎる話 [独り言]

みなさんは汗っかきですか?
私ぼんぼちは、掌にだけ尋常ならざる量の汗をかきます。
真冬、寒い寒いと感じていて特別何かを長時間にぎったりしていなくても、二時間くらいすると掌だけがベッタリとしてきます。
ましてや、スマホ操作や書き物をしていると、ーーーつまり、四本の指を軽くほぼ丸めていると、みるみる掌が霧を吹いたが如くにキラキラしてきます。

だからといって生活に困るほどのことはなく、スマホのスイッチやパソコンのマウスを触る時は、服でよく掌を拭ってからにするように気をつけている程度です。

そんな私ですから、手荒れというものを今までの人生で一度も経験したことがなく、手荒れがする 手が乾燥する 手がカサカサになる という感覚がまるで解りません。
バッグの中に小さなハンドクリームを入れていて しばしば揉み手をするように塗り込んでいる女の人を見ると、「長い髪をアンニュイにかきあげるのと同じに ファッション的アクションとしてやっているのだろう」と思い込んでいたほどです。

が、手荒れをする人は本当にそれで悩んでおられるのだと、最近、観念としてですが理解しました。
まあ、それも私の手汗と同じく生まれ持つた体質だと思うので、手荒れ体質のかた、ご自身に合った良いクリームと仲良くお付き合い出来ることを陰ながら祈ってます。

私は毎日、のんびりのほほんと 手に汗にぎる生活を続けてゆきます。

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タグ:手汗 掌に汗
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美術科予備校・講習会に来たヌードモデルさんの思ひ出 [独り言]

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私は美術高校の一年二年の時、美術の勉強を学校の授業以外にも学びたくて学びたくて、某美術科の予備校の講習会に、美大を目指す浪人生や他の美術高校の生徒とともに、春休み 夏休み 冬休み と通っていた。

ある 夏休みの講習の日-----
その日は、丸一日かけて 木炭デッサンを一枚仕上げる という課題だった。
モチーフは、女性ヌードである。
二十人ほどの受講生は私も含め、「どんなモデルさんが来てくれるのかな? ルンルン!」と 気分が高揚し、油絵具と木炭とパンの入り混じった匂いの立ちこめる画室の空気は浮き立っていた。

美術の基礎を学ぶにあたっての「良いモデルさん」というのは、決して グラビアモデルやファッションモデルのように 美人でナイスボディである必要はない。
それよりも、先ず第一に、「中肉中背で均整がとれていること」、顔も、「大き過ぎず小さ過ぎず 玉子型であること」が好もしいのだ。
何故なら、基礎勉強では、人間の身体のつくり プロポーションの平均値を頭に叩き込まなければならないので、たとえ多くの人が美しいと感じる容姿であっても、どこかが極端に○○な人 というのは適さないのである。
第二に好もしいのは、ポージングの上手いモデルさんである。
何故、着衣ではなくヌードを基礎勉強として描くかというと、皮膚の下に脂肪があり 脂肪の下に筋肉があり 筋肉の下に骨がある-----という そこまでの構造を、見抜き 熟知し易い状態にするためである。
そのためには、手を頭や腰に置いたり 身体をひねったり 片足に重心をおいてもう片足を流したりしてくれると、筋肉の収縮や骨の曲がりが出来、とても良い学びになるのである。

私達受講生は、ルンルンしながら、モデル台の前に各々イーゼルを立て カルトンを置き 木炭の芯を抜いたりして 授業の準備を整えていた。
ルンルンの空気は、授業開始時刻が近付くにつれ 高まっていっていた。

美術2.JPG
-----と、
画室に、明らかに受講生ではないと判る 四十代くらいの女性が入ってきた。
百キロくらいありそうな肉付きだった。
「・・・・・・・えっ!? まっ・・・・まさか!?」
私達約二十人は、嫌な予感が当たらぬことを願った。
しかし・・・・・・・・・
その女性は、ついたての向うに歩いてゆき、ほどなく 全裸で現れ、モデル台の上に立った。
そして、タイマーを自分でセットし、両手を後ろにまわし 足を肩幅に広げ、仁王立ちになった。
でろんと垂れ下がった大きすぎる乳房 五百円玉より遥かに大きい乳輪 三段どころか五段の腹 えくぼだらけの丸太さながらの脚・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ルンルンの空気は、みるみる画室の床を這うが如くに どよ~~んと鈍く重たくなった。

「みんな!おはよう! もうモデルさん いらして・・・・・・」
三十代半ばの男性講師が片手を挙げ画室に入るや、動きと言葉が止まった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
私達受講生は、心の中で揃って、「でしょーーーーー」と 眉をハの字にして口をとがらせた。
「・・・・・・・・・・・・んーーーー、モデルさん・・・・・・えっと・・・・・ポーズをね、・・・・・ちょっと こう・・・・・手を頭に乗せるとか、片足だけに重心をおくとか、身体をひねるとか、・・・・・・そういうの、何かやってもらえませんか?」
講師がやや遠慮がちに指示すると、モデルさんは間髪置かずに「できませんっ」と返した。 「これしかできませんっ」 と。
講師は「はぁ~」と ため息をつき、受講生一同を 申し訳なさそうな目で見やった。
私達は、床を這う空気感で 木炭紙にあたりをつける作業に取り掛かった。
画室は私達が半袖の服を着ていても汗ばばないくらいの室温だったが、モデルさんは、全身に滝のように汗をかき始めた。 はあはあという苦しそうな息使いとともに。
汗は垂れ流れ、陰毛をつたってポタポタと落ち、股の間に直径十五センチくらいの汗だまりができた。
ジリリリリリリッッッッッ!!!
タイマーが鳴り、休憩時間となった。

すると、モデルさんは講師に小声で何やら話かけ、ついたての向うに隠れたかと思いきや、服を着て画室から出て行った。
「・・・・・・・・・・・・あのーー、みなさん、モデルさんは この部屋の匂いで気持ちが悪くなられたそうで、帰られました。・・・・・・・・・・・・・・・・んーーー、今日の授業、どうしようか・・・・・・・んーーー、仕方ないから、みんなで交代でモデルになって 一分間クロッキーをしようか。・・・・・・・じゃ、この椅子をモデル台に乗せるから、先ず キミから座って」 
と、一人一分間づつモデルになり、それを何回転もして、その日一日の勉強を了えたのだった。

私が講習会に何度も通った中で、一番 印象強かった思ひ出である。

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風紀委員長をやっていた時の話 [独り言]

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私は高校時代、立候補して風紀委員長をやっていた。
私が通っていた高校での風紀委員の役割りというのは、制服を校則通りに着ているか(学校指定の仕立て屋で仕立てた制服を 自分好みに改造してはいないか、ブレザーのボタンを全部キッチリ留めているか、ネクタイを緩みなく締めているか、校章を正しい位置につけているか) 派手なヘアスタイルをしていないか、化粧やマニキュアをしていないか、を月に一度 校門に立ちチェックすることと、今後の身なりについて 検討・改革してゆくことだった。

私は、仕立て屋で仕立てたままだと 寸胴でバランスが悪く太って見える制服は、身体にフィットさせて 特にウエスト部分を絞ってスタイルが良く見える様に改造し、隙間なく真っ赤にニキビが出来 ブルドッグさながらにぶよぶよに太った顔は、少しでも綺麗に細く小さく見える様に ファンデーションをべったりと塗り 側面にシャドウを入れ、髪は頬をおおい隠し くるんくるんにパーマをかけ腰までのばし、小学生の時に「おばあさんの手みたい」とからかわれたどす黒い指には、血色が良く見えるように淡いピンク色のマニキュアを塗っていた。

そんな私が何故、風紀委員のしかも長に自らすすんでなったかというと----
校則にある身なりの規定は、勉学にいそしむ為に何の意味もなさない無駄なもの----どころか逆に、活き活きと心地良く勉学に邁進する為の意欲をそぐ 負の縛り以外の何物でもないと思わずにおれなかったので、風紀の顧問の教師に抗議をして なくしてしまおうと考えたのだ。
私が通っていたのは美術高校だった。 美術高校の学生は美術を学ぶ為に学校生活を送っているのだから、その背中を押せぬ、逆に足かせにしかならぬ校則など 廃止するべきだ----と。、
現に私は、制服を改造したり そういった化粧やヘアスタイルにすることで、コンプレックスを少しだけれど軽減させられ、美術の勉強に強く打ちこむ事が出来、美術の成績は学年でトップだった。

校則1.jpg

よく、「~らしさが大事」と したり顔で語る人がいる。 高校生は高校生らしい服装や髪形をしなさい。 化粧やマニキュアなんてとんでもない、と。
しかし、ぱっと見が高校生らしいことって、そんなに重要なことなのだろうか?
重要なのは、高校生活で何をやっているかではないだろうか?
ぱっと見が重要だという人がいたら、どういう理由で仰るのだろうか?
説得力のある理由を教えていただきたいものである。
「高校生らしさ」以前に「その人らしさ」の方が、一億倍大事なのではないだろうか?
何故なら人間は誰しも、「自分」という存在があり それが成り立って、初めてその土台の上に高校生なり何なり、何らかの立場でいられるのだから。
自分という存在をつぶされてしまったら、高校生でいられないどころか、精神的に人間として生きることが出来なくなってしまうのではないか。

私は風紀委員長になるや、即刻 これらの内容を、風紀の顧問の教師に切々と訴えた。
けれど、顧問の教師は、「・・・・・・そうよねぇ・・・・・・・その通りよねぇ・・・・・・・」と 頷きながら困った顔でうつむくばかりだった。
----風紀顧問の教師はまだ若い女教師で、校則を変えられる権限を持っていなかったのである。
私は、校長に直訴しようとは考えなかった。
その女教師の言葉や表情から、それは一縷の望みもないほどに無力な行いであると悟ったからだ。

後日----
クラスの担任の中年男性教師が、私にこう吐いた。
「ぼんぼちぃー、ぼんぼちの化粧や髪形や制服改造は、職員会議でも問題になってるぞー!」
注意されたところで、私は自分のスタイルを変えようとはみぢんも思わなかった。 変えてしまうと、私が私でいることが根底から崩れてしまうからだった。
美術でトップの成績を維持できなくなるどころか、登校することすら不可能になってしまうと自分でよく解かっていた。
一体全体何故、アニメや流行歌に夢中になって たいして美術の勉強もしなく成績の良くない生徒が、身なりの校則を守っていれば何のおとがめも受けずに、醜い容姿を少しでも美しく健康的に見せる工夫をして、コンプレックス軽減でアイデンティティを確立し、他の生徒の何倍も努力をして美術の成績でトップを取っていた私が叩かれなければならなかったのか----身なりの校則の重要性が、今以ってサッパリ解からない。
校則2.jpg

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