So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン
前の10件 | -

バスペールエールの空き瓶 [写真]

写真・バスペールエール.jpg

バスペールエールの空き瓶とトマトの空き缶。
どちらにも赤色が入っていたので、色調が統一されまとまると思い、ケータイ端末を向けやした。
構図は、あえて5対5の分量になるようにしやした。
撮り帰り、pcで、より統一感を出すために赤いトーンをかけやした。
まあまあ、作品として納得できる範囲の結果となりやした。

バスペールエール、イギリスを代表する 上面発酵で香りのよい 琥珀色でコクがありながらもひつこすぎない お値段もお手頃の美味しいビールでやすね。
あっしは大好きで、飲食店のメニューに見つけたり ビール売り場の棚で遭遇したりすると よく注文したり購入したりしてやした。
ところがこのバスペールエール、輸入をしていたアサヒビールが、売上げ低迷のために 今年いっぱいで輸入を打ち切ってしまうのだそうでやす。
あとは在庫がなくなったら終了だとか・・・・・。
バスファンのぼんぼちとしては、大変悲しゅうございやす。
あっしと同じ思いのバスファンのかた、少なからずおられるのではないでやしょうか?
現時点では、どこか別の会社が代わって輸入する予定はないそうなのでやすが、早く、どこかの会社がまた再び バスの輸入をしてくれることを、心から願うばかりでやす。


nice!(141)  コメント(23) 
共通テーマ:映画

かんちがいな絵の生徒 [独り言]

石膏像.JPG

長くこのブログを閲覧くださっているかたは既にご存じのことと思いますが、私・ぼんぼちは、18才から26才まで 母親を養うために画家をやっていました。
プロの画家をやっていると、個展での売上げ状況や受賞歴などを見て、「ぼんぼち先生の弟子になりたいんです。 教えてください!」 という人が幾人も来ました。
月謝は収入になるので、したがって 毎日曜日の1時から4時までは生徒を自宅に寄せて 絵を教えていました。
生徒はあくまで遊びで習うのですから、「趣味」というスタンスを越境しない領域で、「あらぁ! いいですねぇ!」「ここは ちょっとこうしたほうが、もっと良くなりますよ!」 と、上達することより、「わぁ!楽しい!」「まぁ!綺麗!」 と喜んでもらえることを一にも二にも念頭に置いて指導していました。

すると、生徒の中に、稀に必ず こういう人が出現するのでした。
「アタシ、ぼんぼち先生のようなプロの絵描きさんになりたいんです」
そういう人は例外なく 子供が社会人になったくらいの年齢の ちょっと経済的に余裕のある専業主婦でした。
私は内心、「随分 思いきった人生の転身に踏み切る決意をしたものだなぁ。 のみならず御主人も、心の広い 理解のあるかただなぁ」 と驚きつつ、
「では貴女には、プロの画家になるためのカリキュラムを組みますね。 今、他の生徒さん達はお花やフルーツを描いていますが、貴女は石膏デッサンをしてください。ウチに石膏像は何体もありますから。 お宅でも石膏像を購入してください。 それで毎日5時間はデッサンをし、ここに来た時に見せてください。講評します。 それから、美術理論と美術解剖学と西洋及び東洋美術史の本をお貸ししますので、十二分に読みこんで 頭に叩き込んでください。 石膏デッサンは、2000枚くらい描くと 大抵の人は基礎を習得できるレベルまで到達しますから、先ず2000枚描いてください。 それが、プロの画家を目指すための いろはの「い」です。」
と、サラッと返すと
石膏像.JPG

「えぇっ!? ここのお教室以外でも 家でも描くんですか?? アタシ、家事もあるし、主人のお世話もしなければならないし、息子もしばしば遊びに来るし、お友達とのお付き合いもあるので、家で描いたり本を読んだりする時間はとてもありません!」
と、驚いた顔をする。
「では貴女は、週に3時間 教室で描くだけでプロの画家になれるというおつもりだったのですか? 貴女はご自分を天才だと思っておられるのですか?」
と、疑問を向けると
「いいえーーっ! 天才だなんて思ってませんっ!・・・・・・・・だって、ぼんぼち先生は、そんなにお若いのにプロの絵描きさんになれていらっしゃるから・・・・・・・・・」
「私は美術中学校の学生だった時に 何の努力もしないで学年で一番だったんです。 美術高校に進んだら 親友も作らずに 学友達が遊んでいる時間に学友達の何倍も自主勉強をしていたんです。 公募展では、受賞しやすい方向性の作品を狙って描いて受賞を重ねて 値の付く画歴を作って画商に見初めさせたんです。 画商が付いてからは 次から次へと注文が来るので、毎日18時間仕事をこなしていますよ。徹夜仕事もしょっちゅうです。 それも注文通りの作品を描かないと売れませんから 自分の描きたいものなんて一つも描けませんよ。 プロの絵描きになるということは こういうことですよ。」
と答えると、驚愕し
「・・・・・・・・・・・・・・そうだったんですか」
と、うなだれ
「アタシ、やっぱり 今まで通り 皆さんと一緒に趣味がいいです・・・・・・・」
と、シュンとしぼむのでした。

私が画家になったのは、「母親を養わなければならなかった」 ただそれだけの理由でした。
養ってくれる御主人がいるのなら わざわざ人生の全てを犠牲にしなければならないプロの画家なんぞにならずに、趣味で、楽しく、描きたいものを描きたい時だけに描いていればいいじゃないか、そっちのほうが絶対的に幸せじゃないか、と思うのでした。

石膏像.JPG

タグ:画家 絵描き
nice!(203)  コメント(56) 
共通テーマ:映画

コンクリート沿いのアイビー [写真]

写真・コンクリート沿いのアイビー.JPG

コンクリートの壁面沿いに植えられていたアイビー。
ネガ加工したら、葉っぱの色が あっしの大好きな紫になりやした。
茎はブルーになり、全体的に寒色系だけでまとまったところがこの作品の個性かな、と思いつつ公開しやす。

アイビーといえば、アイビールックというファッションが、昔 流行りやしたね。
ぼんぼち個人的には、ああいうファッションは大嫌いでやす。
アイビーに限らず、トラディッショナルなファッション全般が嫌いでやす。
あっしが中高生の頃は、ニュートラだとかハマトラだとか、トラディッショナル全盛の時代で、着たい服が絶望的に見つかりやせんでやした。
そんな中、原宿に行けば、古着屋と古着風に作ってあるインディーズブランドの店があることを知り、それらの店に 毎日曜日 通うようになりやした。
冬は、周囲の多くの若者がカチッとしたコートを着ている中、あっしは足首まで丈のある黒のベルベットのマントをまとって歩いてやした。

nice!(218)  コメント(31) 
共通テーマ:映画

ディスクユニオン関内店とヤードバーズとロック居酒屋マスター [独り言]

ヤードバーズ&サニーボーイ・ウィリアムスンⅡ.JPG

あれは10月半ば、うららかな週末でした。
私はその日は、So-netブログオフ会のために、我が家のある杉並区・西荻窪からはるばる 横浜・関内へと 電車を乗り継ぎ向かったのでした。
オフ会集合時間は2時でしたが、あえて45分ほど早く 関内駅に到着しました。
何故なら、「せっかく普段はまず行かない関内に行くのだから、ディスクユニオン関内店で 探しているヤードバーズのCDがあるかどうか見てみよう!」 と思ったからでした。

地図を調べ ディスクユニオン関内店があるであろう辺りをうろうろしましたが 見当たりません。 ユニオンはどの店舗も あの黒地に赤文字の看板をでかでかと掲げているので 遠目からもすぐに判る筈なのですが・・・・・。
こうなると、「人に聞くしかない」と判断しましたが、歩いているのはおじいさんばかり・・・・。
おじいさんに聞いても知らなそうだし、どうしたものか・・・・と逡巡していると、なんと!向うから 100%絶対にディスクユニオンを知っているに違いないと思われる風貌の男性が、女性と一緒に歩いてくるではありませんか!
ルージィーなファッションに長めの髪 ツバのベロベロに波打った帽子に大きな黒ブチの眼鏡・・・・・・。
加えてその男性は 人当たりの良さそうな印象だったというのもあり、私は迷うことなく声を掛けました。
「あぁっ! あのっ、すっすいません!」
「はい」 
男性は、私に向き直りました。
「この近くに ディスクユニオンはありますか?」
男性は、間髪おかず 軽々スラスラと
「ディスクユニオンなら、そこの角を左に曲がるとファミリーマートがあるので、その隣のビルの2階ですよ」
愛想良く答えてくださいました。
私は復唱し、「ありがとうございますっ!」 と頭を下げました。

ヤードバーズ&サニーボーイ・ウィリアムスンⅡ.JPG
すると、その男性----
「ディスクユニオンに行って 何を買うんですか?」
興味深げに私の顔を覗き込むのです。
私は思いもかけないリアクションに小さく驚きつつも、「この男性も、おそらく・・・・・否、たぶん・・・・・否、十中八九 ヤードバーズが好きだろうなぁ」 と、しばしうつむき 心の中でニヤッとし
「ヤードバーズ!!」
顔を上げ 男性の目を見ました。
と、「あぁ! ヤードバーズいいですよねぇ! いいですよねぇヤードバーズ! ヤードバーズたくさん買ってくださいね!!」
男性は、私の予想を遥かに上回る ハイテンションの感情を前面に出し 満面の笑みをなさいました。
そして、「僕、このすぐ先で(ユニオンが在ると教えてくださった方を指し)○○○○っていうロックバー(だったかロック居酒屋だったか)をやってるんで、よかったら来てください」
なんとなんと!ユニオンやロックに明るい筈も筈、ロック飲食店のマスターだったのです!!

私は、「この男性に尋ねて本当に良かったなぁ。 すんなりと心よく場所を教えていただけたのみならず ヤードバーズにまで話が及ぶとはなぁ」 と心がほっかほかに温かくなった半面、「この日は夜までオフ会だし、個人的に夜の時間帯に関内まで行くことはないから お店に行けなくて残念だなぁ」 と申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

ともあれ、一期一会というものをいたく感じずにはおれなかった出来事でした。
関内、いいとこだなぁ~ マスター、ありがとう!

----探していたヤードバーズのCD(写真参照) 結局、関内店にはなく、その二週間後くらいに高田馬場店で買うことが出来ました。
ヤードバーズ&サニーボーイ・ウィリアムスンⅡ.JPG

nice!(244)  コメント(47) 
共通テーマ:映画

キャンドルとレンガ [写真]

写真・キャンドルとレンガ.jpg

近所の雑貨屋の表のディスプレイとして置かれていた レンガの上のキャンドル。
今回は写実で何の加工もしてやせんが、構図がキマったので 作品としてアップすることにしやした。

早いもので もぅ12月でやすね。
みなさん、何かクリスマスのイベントやりやすか?
あっしは、以前あっしがオフ会を開いていた高円寺のヤミーというカフェで、英ちゃんさんが15日にクリスマス&忘年会オフ会を開催してくださるので、それに参加しやす。
詳しくは英ちゃんさんのブログをご覧くださいやせ。
確か、まだ募集していると思うので、ご都合のよいかた、一緒に楽しみやしょう!


nice!(227)  コメント(30) 
共通テーマ:映画

高円寺「ぽえむ」---喫茶店マニアイチオシの名店 [独り言]

私は中学一年の時からの喫茶店マニアで、昔は、ありとあらゆる喫茶店を探索して楽しんでいましたが、近年は、「ここぞ!」 と納得できた店に通い詰める派のマニアです。
店員さんに顔を覚えていただいたり ミルクや砂糖は入れないことを覚えていただいたり お気に入りの席を覚えていただいたり・・・・・・・そういった事に、「あぁ、自分はマニアだなぁ~」 と悦に入るようになりました。

そんな私が 最近、最も足しげく通っている喫茶店に 高円寺の「ぽえむ」があります。
----ぽえむは、フランチャイズのチェーン店ですが、ドリンクメニューは同じであっても フード&スイーツメニューやBGMや接客方針は店店により異なり、限りなく個人経営店に近い 個性溢れるチェーン店です。
高円寺ぽえむ.JPG
何故、私が最近 高円寺ぽえむに通い詰めているかというと----
そのきっかけとなったのが、BGMが 私の大好物のブルースや60Sロックである場合が殆どだと気づいたからです。
高円寺ぽえむには 二十年近く前から ごくたまに行ってはいたのですが、いつも手前側のスペースに座り、そこはBGMが聴こえなく、わりと最近 初めて奥のスペースに陣取った時に、そういう音楽が流れていると知ったのです。
飲み屋さんならいざ知らず、純然たる喫茶店で オールディーズではなくこのジャンルを流しているというのは 極めて稀です。
この要因によって、私は、「高円寺ぽえむに通ってみよう!」 と思いました。

通い始めて観察していると----、店員さんの接客態度が実に見事です。
言葉も所作も静かで丁寧で、私がブラックで飲む事をすぐに覚えてくださり、入店時に、「いらっしゃいませ!」に加えて 「こんにちは!」 と仰ってくださる事も、礼儀を重んじる中にも親しみがこもっていて とても好感が持て、思わずこちらも、「こんにちは!」 と返さずにおれなくなります。
営業時間が長く定休日が少ないので、店員さんは幾人もいらっしゃるのですが、どの店員さんもきちんとしておられて ガッカリの時間帯・曜日がないです。
高円寺ぽえむ1.JPG
そして、ぽえむは100種類のコーヒーがある事がウリなくらいですから、コーヒーのお味も最高です。
ブレンドだけでも何種類もあり、私は、「チョコレートのような香りのする」 と説明書きの添えられた 「ダビンチ」というのを所望する事が多いです。
長時間居て、「もう一杯飲もう!」 という場合は、せっかくだから違うものをと、「フレンチロースト」を頼みます。
こうして二杯飲んで、味や香りの違いを楽しむのも一興です。
又、夕方以降 カフェインの強いものを摂れない時間帯には、紅茶やジュース類も充実しているために、何を飲もうか困らないのも気が効いていてありがたいです。

内装は、レンガと茶色の木造りで、あちこちにクオリティの高い抽象の水墨画が飾られ、決して広くはないながらも 心地良く落ち着ける空間です。
黒板には店員さん手書きのメニューがイラスト付きで描かれ、ここにも 店員さん達のやる気とお客さんを迎える気持ちの温かさがうかがえます。

と、先日----
高円寺のアーケードをぷらぷらと歩いていたら、後ろから早足で追い越し 振り返り にっこり会釈する若い男性がいました。
マスクをされていたので、一瞬 誰だか解からなかったのですが、もう一度会釈をされた瞬間、「あぁ!」 と解し、私も笑顔で会釈を返しました。
----高円寺ぽえむの店長さんだったのです。
店の外で常連客に逢った時にも すかさず挨拶する・・・・・・
これこそ、接客業のカガミだと感服しました。
人混みにまぎれてゆく店長さんの後ろ姿を眺めながら、「これから より足しげく 高円寺ぽえむに通おう!」 と、私が心に誓ったのは言うまでもありません。

高円寺ぽえむ2.JPG

nice!(248)  コメント(51) 
共通テーマ:映画

いろいろなカクテル [写真]

いろいろなカクテル.JPG

近所に在る カクテルがウリと思われるバーの ちょっと凝った看板。
「ウチにはこんなにお洒落で様々なカクテルがありますよ!」というアピールが、この一枚の看板だけで伝わってきやすね。
撮り帰った後、pcで ネガ加工したりコントラストを強くしたりブルーのトーンをかけたりして、あっしなりの作品になるよう仕上げやした。

カクテルといえば・・・・・
30才くらいの時、行きつけの小さなバーで シェイクレシピでカクテルグラスに入り マラスキーノチェリーの沈められたカクテルを傾けていたら、隣の席に大学生くらいのカップルが来やした。
と、女の子のほうが男の子に、あっしの飲んでるカクテルを指し、「アタシもあーいうの飲みたいー!」と 男の子の腕を抱え込むようにしてもたれやした。
すると男の子は「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」。
どうしていいのか解からないのか、無言のまま前を向いて固まってしまいやした。
なんで あっしかバーテンダーさんに、「これは何というカクテルですか?」とか 「こちらにもそれと同じものをお願いします」とか言えないかなー? と、あっしは首を傾げてしまいやした。

nice!(228)  コメント(44) 
共通テーマ:映画

ブルースに疎いぼんぼちの語るサニーボーイ・ウィリアムスンⅡ [感想文]

サニーボーイウィリアムスン2.JPG

私は、きちんと音楽理論を勉強したわけでも マニアというほど明るいわけでもありませんが、「好きな音楽ジャンルは何?」 と問われると 迷わず、「戦前からシカゴ時代までのブルース」 と答えます。
「では、その中で特に好きなミュージシャンは誰?」 と踏みこまれると、やはり迷う事なく 「ミードルクス・ルイスとサニーボーイ・ウィリアムスンⅡ」 と返します。
ミードルクス・ルイスは、戦前から戦後にかけての代表的なブギウギピアニストで、彼については以前 このブログで紹介させていただいたので、今日は、サニーボーイ・ウィリアムスンⅡについて 綴らせていただこうと思います。

サニーボーイ・ウィリアムスンⅡは、1899年生まれらしく(らしく というのは、この年生まれの説が最も有力で いまだに正確には不明だからです)、そして 主に1950年代初頭から1965年まで活躍し、シカゴブルースの土台を築いた一人と言われている 名ハーピスト(ハーモニカ奏者)&シンガーです。
名前の最後に付いている「Ⅱ」というのは、同姓同名のブルースハーピスト&シンガーがもう一人いて、その人と区別するために 後年になって付けられたものです。
両者の間に血縁関係や師弟関係はなく、Ⅱが「Ⅰのようになりたい!」といった願望から 同名の芸名にしたようです。
ですから、時代がくだってから編集されたものを除くと、発売されているレコードは勿論、CDもレコードのジャケ写を縮小コピーしたものですから、ⅠもⅡも単に、「サニーボーイ・ウィリアムスン」名義になっていて、ご本人の顔写真が印刷されていない盤もあるので、ちょっと調べないと判別しづらいです。

さて、その私の好きなほうのサニーボーイ・ウィリアムスンⅡ、どんな音を出していた人か というと、とにかく「渋い!」の一言に尽きます。
低めのしゃがれ声で、時に語るように 時に叫ぶように歌う。 けれど決して 腹の底から地面を揺さぶるように吠えたりはしない。
ハープも、肺の空気ありったけを使ってプヒーーーーーーーーーッ!!!とは演らない。 プヒプヒプヒプヒ プヒーーーッ!ってな感じです。
シカゴブルースと一口に言っても様々なわけですが、私は個人的には、彼くらいの「押し過ぎなさ」「引き過ぎなさ」が最も嗜好にしっくり来、至福の心地良さを感じてしまうのです。

後にロック界で世界的にメジャーになるアニマルズやヤードバーズとも 1964年に渡英した際に共演していて、その時のライヴはレコードやCD化されて遺されていますが、若きアニマルズやヤードバーズが いかに当時のブルースにリスペクトしていたかや ブルースからロックへと変遷してゆく様が手に取るように解かって、彼らとの共演も、ブルース史・ロック史に於いて 非常に貴重で有意義なことだったと 思わずにはおれないものがあります。

サニーボーイウィリアムスン2.JPG

サニーボーイⅡは、1965年まで仕事をしていた人でしたから 映像も幾つも遺されていて、それを観ると、聴かせることのみならず「観せる」ということに関しても とても心を砕いていたのが見て取れます。
先ず、お洒落です。
長い手足にバッチリ似合ったスーツに山高帽、肘にはステッキを下げての登場です。
そして、ハープの吹き方には 目が釘付けになります。
ノッてくると、両手をハープから離し、ハープをほぼ口の中に入れてしまい 口をモゴモゴと動かすことで音程を調節するのです。
のみならず、今度は 鼻でも吹き始めたりするのです。
それらの様子が、ユーモラスで楽しくて実に見事!
何というエンターテイメント性の高さ、サービス精神旺盛なアーティストなのでしょう!
私は最初、彼のファンになった時点では 音源だけしか知りませんでしたが、何年か経って映像を観て、「熱烈な」という形容の付く大ファンにならずにはおれませんでした。

彼は又、大の大酒飲みで、「これ以上飲むと死ぬぞ!」と 医者から宣告されていたそうですが 聞く耳持たずに飲み続け、晩年は、ステージの上に空き缶を置いて プレイの合間合間に缶の中に血を吐いてはステージをこなしていたそうです。
何というプロ根性でしょう!

そんなサニーボーイⅡ、1965年に ついに心臓発作で亡くなってしまいます。
精神的に 酒を飲まずにはおれないものが彼の中にとぐろを巻いていたのでしょうが、こういった点からも、如何にもブルースマンらしいブルースマンであったと、私は、ブルースに疎い者ながらも 深く頷いてしまいます。
サニーボーイウィリアムスン2.JPG

nice!(234)  コメント(22) 
共通テーマ:映画

藍色の花 [写真]

写真・ミモザの花.jpg

ファッションビルの壁面の壁紙の一部を撮り ネガ加工したものでやす。
結果、色彩も構図もまとまったものになったので公開しやす。

この写真、自分で見ていて「なんだか春先のワンピースの柄みたいだなぁ」と思いやした。
袖にもスカート部分にもたっぷりとシフォン素材の生地を使ったような。
やはり、春にこそ着たい柄と秋にこそ着たい柄ってありやすね。

そういえば昔、秋口にスプリングコートを着ていたら、親しい40代の女性に、「ぼんぼちちゃん、それってスプリングコートだよね? 秋にも着ていいの?」って聞かれたことがありやす。
そのコートの色合いは春にも秋にも合う色合いだったので、「この色ならこの季節でも合うと思います」 って答えたら、「えー、でもスプリングコートだよね?」って 釈然としない顔をしてやした。
どうやら、スプリング=春 だから、春だけに着るコートだと思われていたようでやす。
傍であっしらの会話を聞いていたその女性のご主人が、「お前、バカだなぁ~バカだなぁお前・・・・」と 笑い転げてやした。

nice!(226)  コメント(37) 
共通テーマ:映画

ピンク映画のステカンの思ひ出 [独り言]

ピンク映画.jpg

以前からしばしば私は、「3才から9才まで米軍基地の在る町に住んでおり、基地の在る町特有の様子というものを 当たり前のこととして過ごしていた」 と書いてきた。
ある程度の年齢になってから、それが全国区的には少数派だったと知ったのだが、「あー、あれも少数派だったな」 と 今になって思い当たる事が もう一つある。
----町のあちこちに、特に小学校の通学路付近に、常にピンク映画のステカンがズラズラと立てられていた事である。

ピンク映画のステカン----裸のおっぱいの大きな女の人が、眉間に苦悩の表情を浮かべたり のけぞっていたりする写真が、子供の背丈より高い 目の粗い布の貼られた木枠の看板に いかにも!なタイトルが添えられて 電柱にくくりつけられている あれである。
何週間か毎にその写真は変わったが、必ず女の人の乳首の所が黒い星で隠されていたのが 印象深かった。
タイトルがどんなものであったかは憶えいてない。 おそらく 漢字で読めなかったので記憶に残っていないのだと思う。
----町内に、ピンク映画専門の映画館があったのだろう。

私達小学生は、その黒星の二つ付いたステカンのズラズラと並ぶ道を 蟻列のごとく 登校・下校していた。
けれどステカンを指さして、わーわー騒ぐ男の子も キャーと目をそむける女の子もいなかった。
子供達誰もが、米屋や八百屋や魚屋の前を通り過ぎるのと同じように、当たり前の通学風景の一つとして 見るともなしに目に入るままに通り過ぎていた。
物心ついた時から既に 町のあちこちで目にしていたから、今更驚くようなことでもなかったのである。
「大人の男の人が喜ぶ映画、そういうものが世の中にはある」・・・・・・・それだけの感情だった。

通学路にピンク映画のステカンが並んでいる事に対して 親達が問題視していた といった話も、一度も聞いたことはなかった。
時代性もあっただろうし、米軍基地の在る町は決して品の良い町ではない、それを承知の上で住んでいる、という自覚が、大人達の間にあったのではないかと察する。

事実、問題視する必要など全くなく、ステカンを毎日目にしながら通学する私達は、心もすさまなかったし 常軌を逸して性に興味を抱くという事もなく、無邪気に学年を重ねていった。

一昔前、一部のお堅いお母様方が、「アダルトビデオの宣伝のチラシをマンションの郵便受けに投函する行為は 子供の教育上よろしくないから禁止してほしい!」 と訴えて その通りになったらしいが、私は自身の子供時代の体験を振りかえり、そんなに目くじらを立てるほどの問題ではないのではないか・・・・・・と 思わずにおれない。

ピンク映画.jpg

nice!(224)  コメント(54) 
共通テーマ:映画
前の10件 | -