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ぼんぼち選・青春映画10作品 [感想文]

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先日、雑誌映画芸術」のバックナンバーを捲っていたら、「私の選ぶ青春映画10作品」というような内容の企画がなされており、読むうち私も、自分にとっての青春映画なるものを挙げずにはおれない気分にかられた。
よって今回は、私・ぼんぼちの選ぶ青春映画10作品を 一言コメント付きで紹介したいと思う。
尚これらは、映画界で「青春映画」「青春モノ」とカテゴライズされているものではなく、あくまで私が主観的に「あぁ!青春だなぁ」と感じた作品である。


「書を捨てよ町へ出よう」 寺山修司

青春映画といえば、一も二もなくこの作品を挙げないわけにはゆかない 寺山初期映画代表作。
寺山の分身ともとれる少年が スクリーンの中から観客に呼び掛けるメタシアター的ショットはあまりにも有名。
言いたい事を全てぎゅぎゅっと詰め込んだ感のある 濃密な作品である。


「鉄男」 塚本晋也

作品の奥底をとぐろを巻きつつどろどろと流れる爆発的感情、これぞ青春以外の何物であろうか!
多用されるアニメーションに注がれるエネルギーは、塚本氏の青春の爆発か!


「肉片の恋」 ヤン・シュヴァンクマイエル

生の二片の肉片が、アニメーション技法により、絡み合い ダンスを踊り あっけない最期をとげる。
青春とは、かくも生々しく刹那的なもの。


「台風クラブ」 相米慎二

一般的にも誰れもが認める青春映画。
テーマが奥底の深い部分に埋め込まれた表現は秀逸。
理論的に頭のいい監督でないと創ることのできない作風である。


「東京フィスト」 塚本晋也

初期塚本作品は、私にとって王道の青春映画である。
東京に生まれ育った若者にとって 東京のビル群は身体の一部。
そのビル群ごと 疾走し 叫び 壊れるのだ。


「孔雀」 クリストファー・ドイル

説明不可能な焦燥 倦怠・・・・・青春期というものは、日々こんな感情にたゆたっているものではないだろうか。
監督ドイル氏は、元々キャメラマンなだけあり、映像の完成度の高さには溜息の連続!


「青春の殺人者」 長谷川和彦

回想シーンの折りこまれ方のあまりの絶妙さに唸らずにおれない。
究極の家庭崩壊の象徴として、母親が息子に肉体関係を迫るとは、よく練り込まれた脚本である。
ゴジ第一回監督作品としても有名な作品。


「青春の蹉跌」 神代辰巳

石川達三の同名小説の映画化。
ラストが大きく変えられているが、こちら映画版も堂々見事に成立している。
自身に貫通するテーマを込めたゴジの脚本に拍手!


「電車男」 村上正典

商業映画中の商業映画という理由で敬遠している映画ファンは少なくないかも知れないが、活動屋の魂のこもった 非の打ちどころのない大傑作である。
隙間なくきっちりと完成されたパズルのような仕上がりが気持ちいい。


「アイデン&ティティ」 田口トモロヲ

万人が認めるいかにも青春映画!といった作品。
しかしながら鼻白まない観映感を迎えられるのは、押し過ぎず引き過ぎずの田口監督の力量に他ならない。
主役に、役者ではなくミュージシャン峯田和伸を配したところも その要因であろう。


以上が、私・ぼんぼちが選んだ青春映画10作品である。
皆さんにとっての青春映画は、どのような作品であろうか?

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タグ:青春映画
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映画「他人の顔」---すべてに於いてバランスの取れた最高傑作 [感想文]

「他人の顔」----
「おとし穴」「砂の女」に続き、安部公房の同名小説を 安部氏自身が脚本化し、勅使河原宏の手により監督された長編劇映画作品である。 1966年製作。

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シノプシスは、仕事中の事故で顔全体を酷いケロイドに火傷してしまった男が、精神科医に事故前とは別の新たな顔を作ってもらい 火傷後自分を拒絶した妻を誘惑する というもので、自己と他者 自己と社会の関係、己れが己れであることを証明するものはいったい何なのか が、安部氏ならではの理論的論法によって 緻密に深くえぐり出される。
これが、仲代達矢 京マチ子 平幹二朗 岸田今日子 岡田英次 等々、日本を代表する名優という舟によって多方向から追及されるのである。
のみならず、この作品を語る上で決して欠くことのできないのは、美術 音楽 キャメラの秀逸さである。
前衛的な病院内の装置 主人公の男の心情を裏打ちする悲しげなワルツのテーマ曲 ハイコントラストの白黒でのワンショットワンショット構図の完成されたキャメラ使い・・・・。

----映画に於いて、ひいてはすべてのジャンルに於いての「作品」というもののクオリティ・出来を決定づけるのは、「バランスが取れているか否か」と言っても過言ではない。
そのくらい「バランス」は、作品創りに於いて重要な力点である。
ある部分は優れていてもバランスが取れていないがために秀作とは言えなくなってしまっている残念な映画というものが 世の中には非常に多い。
リアリズムの方向性でありながら 一人大仰な型芝居をする役者がいたり、アート系の作品なのに キャメラが具象的説明に終始してしまっていたり、乾いたマチエールで創られているのに音楽だけが妙に湿っていたり・・・・。
しかし、この「他人の顔」は、すべてのスタッフ・キャストがこの映画がどういった色合いで以って どういう方向に突き進むのかを 根本からしっかりと把握している。
哲学的テーマを非リアリズムによって重々しく理論的に創るのだ と、携わるブレーン全員が正確に理解している。
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又、私は、この映画の脚本---決定稿---を所有していて しばしば本編DVDと照らし合わせながら読むのだが、照らし合わせることによって 如何に 決定稿から本編完成まで 練りに練られ 肉付けされ 無駄を落され 順序が入れ替えられ 濃密度の作品へと結実していったかが解る。
中でも殊に大きく変えられているのは、主人公の男が観た映画という設定で 主軸のストーリーに度々折り込まれる形で挿入されている もう一つの物語である。
決定稿では、戦争で顔半分がケロイドとなってしまった元美女が、強姦すらされなくなったと思い込み 医者に口づけを求め受け入れてもらった末に自死する とあるが、本編では、ケロイドの元美女は 実兄に関係を迫り結ばれた末に自死する となっている。
がぜん、本編のほうがいい。
このほうが、「顔が変わってしまうと 人間関係というものが根底からくつがえってしまう」と、作品テーマをぐぐっと強烈に後押しすることになるからだ。

「他人の顔」----
映画好きのかたと安部公房ファンは既にご覧になっていることと思うが、とりたてて映画に興味を持たれていないかたや 哲学書や心理学の専門書などを愛読されているかたにも 是非とも観ていただきたい、「映画ってこんなにも面白く 深い表現が可能だったのか!」と 映画という表現ジャンルを見直すこと必至の 日本劇映画史に輝き続ける大傑作である。

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※3月4日のオフ会、どんなご趣味のかたも大歓迎でやすよん!
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2016ぼんぼち劇場観賞映画感想 [感想文]

2016年、私・ぼんぼちが劇場に観に出向いた映画作品は以下である。

ユーリー・ノルシュテイン特集上映「アニメーションの神様、その素晴らしき世界」(6作品)
松本俊夫著作集成全四巻刊行記念特集上映(36作品)
DEFA70周年記念 知られざる東ドイツ映画「DEFAアニメーション選集」(9作品)
新宿泥棒日記
ドグラ・マグラ
みかんの丘
冬よ さようなら
金のがちょう
今夜は踊ろう
不良少女ヨーコ
ザ・ビートルズ EIGHT DAYS AWEEK Toring Years
完全な遊戯
喜劇・新宿広場
闇金ウシジマくん Part3
闇金ウシジマくん ザ・ファイナル
さとにきたらええやん
何者
イエスタディ
少女椿
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内、最も印象深く有意義な観映だったのは、何といっても 我が国を代表する実験映像作家・松本俊夫先生の「著作集成全四巻刊行記念特集」である。
実験作品 短編ドキュメンタリー 広報映画等が 一週間に渡り36作品公開された大特集である。
私はすでに観ていた作品が大部分で復習的観映となったが、改めて松本先生の理論と感覚の緻密さと斬新な発想に敬服しないわけにはゆかなかった。

二番目に有意義だったのは、これも松本俊夫先生の劇映画「ドグラ・マグラ」が再映されたことである。
この作品は、DVDでは勘定不可能なほど反芻している 私が全ての映画の中で一番好きな映画なのであるが、これまで運悪く 劇場観映の機会を逃し続けており、今回初めて 大スクリーンで目のあたりにすることとなった。
単に大スクリーンの迫力に圧倒されたのみならず、登場人物の頬を流れた涙の跡や完全な無音の瞬間を作る計算など 自室の再生装置では気付けなかった細部を発見でき、作品の完成度の高さにより深く感動した。
浮き立つ気持ちを抑えきれずに 二週間の上映期間中三度も足を運んでしまった。

三番目は、「DEFA70周年記念 知られざる東ドイツ映画」の中の一つのプログラムとして上映された「DEFAアニメーション選集」の9作品である。
中でも ヒトラーをモチーフとした白黒のカットアウトアニメーション「こんにちはHさん」と ブラシや布切れや割れた陶器等を素材としたパペットアニメーション「伝説の鳥トゥリパンを探しに」が 非常に美術的に優れていて 観ていて理屈抜きに心地良かった。

アニメーションといえば、「ユーリー・ノルシュテイン特集『アニメーションの神様、その素晴らしき世界』」の6作品も、至福の境地にいざなってくれた。
私は6作品とも過去に観ていたのだが、こういったクオリティの高いアートアニメーションは何遍体験してもよいもので、代表作中の代表作「霧の中のハリネズミ」の他には「キツネとウサギ」が特に秀逸だと思った。
一般的には「霧の中---」と並んで「話の話」が高く評価されているが、私は「キツネ---」のほうを高評したい。
カットアウトアニメーションならではの単純さを巧く活かしていて 背景は昔の絵本さながらの図案的画で、観る者の内側に世界を広げてくれるからである。
いかにも北国ロシアといった彩度の抑えられた色調に酔いしれると同時に、アートアニメーションは断然 具象的表現ではないほうが面白いと痛感した。

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新作の劇映画では----
戦場を舞台としたグルジアの作品「みかんの丘」には涙してしまった。
単に戦争の悲惨さを描いただけではなく、そこに個人対個人の関係が 東欧の人間特有の内向的感情表現によって複雑に織りなされていたからである。

山田孝之さんの大ファンであるという理由からシートに座った「闇金ウシジマくん ザ・ファイナル」での山田さんの演技も心に残っている。
山田さん演ずるウシジマ社長が殺されそうになるショットの山田さんの表情には つくづくスタニスラフスキーシステムを十二分に身に付けておられる名優中の名優であることを再認識させられた。
又、ウシジマ社長の中学生時代を演じていた若手の役者さんが、山田さんのウシジマを非常によく観察し ウシジマの中学時代はこうだったに違いない!と思わせる しゃべりかた・動きをしていて見事だった。 拍手を送りたい。

特筆に値する作品はこの様なところだろうか。
観たことを激しく後悔した作品も二作あったが、概ね今年は私にとって 収穫大きな劇場観映といえるものであった。
来年も様々なジャンル・国の映画を楽しみたいと思う次第である。

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謳い文句からズレた映画 [感想文]

先日、「60年代に、ビートルズに憧れた少年達がバンドを始める青春映画」と謳われている映画を観に行った。
ポスターも、モッズスーツでかためた四人の少年がジャンプする いかにも60S!な匂いに溢れている。
60年代音楽の大好きな私は、期待に胸を高鳴らせ 劇場のシートに掛けた。
しかし----
少年達がビートルズのレコードを聴いたり楽曲をコピーするシーンはほんの少ししかなく、おおかたは 四人の中の一人の少年の恋愛物語だった。
ずれた映画1.jpg私はひどく落胆してしまった。

これでは、あんぱんと表示されているパンを買ったら あんこはほんのちょっとしか入ってなくて クリームがたっぷり出てきた、というようなものである。
あんぱんを求める客は、一口齧ったらあんこ 二口めにもあんこ 食べても食べてもあんこがぎっしりー!を望んでいるのである。
いくら不味くはなくともクリームなんぞが出てきたら、「私が買ったのはあんぱんであってクリームパンじゃない。 表示に偽りありぢゃないか!?」と 不満でいっぱいになってしまう。

ずれた映画2.jpgこの様な 謳い文句からズレた映画は、私が今回観てしまった作品のみならず、商業映画に於いて時々見受けられる。
猫が途中からほとんど出て来なくなる猫映画、美しい裸体の女性がわずかにしか登場しないお色気映画、主役が冒頭とラストくらいにしか活躍しない○○さん主演!と大々的に宣伝された映画、等々々・・・・。
謳い文句に添った内容の映画を作るべし!というのは、映像学校の一年の一学期で教わる 映画作りの基礎中の基礎である。
それなのに何故、このような映画を作ってしまうのか・・・・???
これは決して、商業映画に携わっているブレーン一同が映画作りの基礎を解かっていない、という事ではないと思う。
商業映画ならではの、諸々の いたしかたのない「大人の事情」によるものに違いないのである。
舞台裏では、耐えがたきを耐え忍びがたきを忍ばざるを得なかった 辛く苦しい負の選択があったと 十二分に察する。
十二分に察しはしても、こちらは貴重な時間を使い金を払っている客である。
作り手とは対峙する関係であり、同方向を向き着いて行く関係ではない。
だから、この様な映画に遭遇してしまうと、つい 「商業映画って こういうところが嫌だよね」と 毒づいてしまう。


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奥山眞佐子さんの「一葉忌朗読ライブ」を聴きに行く [感想文]

11月23日、ちょっとしたご縁があって、奥山眞佐子さんの朗読ライブを聴きに行った。
奥山眞佐子さんは、金子信雄さん 山田五十鈴さんらに師事され、近年ではNHKテレビドラマ「花子とアン」の山梨ことば指導を担われた ベテランの女優さんである。
今回の朗読ライブの演目は、ライブ当日が120回目の命日であることから 樋口一葉の代表作である「たけくらべ」。
奥山さんは、三越劇場での「樋口一葉ひとり芝居」などを通じて 樋口一葉作品の普及に努めているかたでもあるのだ。

とうへんぼく3.JPG会場は、高円寺の中でも極めて高円寺的な居酒屋「唐変木」。
柱時計が幾多かけられ 昔の学校の机と椅子が並ぶ焦茶色の店内の中、はしばみ色の着物姿の奥山さんの朗読がスタートした。
原文の語りに奥山さんご自身が解説を加えた構成で、アルトリコーダー&ピアニカの男性のかたが音の効果を盛りたてる。
目の前に情景がありありと現れるような真に迫る朗読で、殊に台詞の部分は 登場人物に入りこんで発しておられて、「さすが役者さんだなぁ!」と惚れ惚れと聴き入らずにはおれなかった。
又、アルトリコーダーの音は尺八に近いので、作品の時代にぴったりとマッチしているなぁと感じた。

----朗読は、アナウンサー出身のかたと役者出身のかたで 大きく読み方が違ってくる。
前者は、元の文を書いた作者が何を書いたかに忠実に 客観的に一歩も二歩も引いた読み方をする。
台詞部分は、前後の地の文で説明をしているのだから感情を入れると意味が重複する という理由から 極力抑えて発する。
したがって、イメージが観客にゆだねられ、観客一人一人の脳内に世界が浮かぶ。
対して 今回の奥山さんのような後者は、モチーフとしている作品から 演者が何を感じとったか どこを強調したいか、とにかく演者が前面に出る。
とうへんぼく2.JPG台詞も芝居の台詞のように 感情を入れる。
よって 観客は、目の前に立つ演者のかたの周囲に情景をイメージしたり 演者のかたが登場人物に見えてきたり と、共通認識の多い世界を受動する。
勿論これは、どちらが正しい読み方でどちらが間違った読み方という事ではなく、考え方の違いであり、観客側も、どちらが嗜好に合うか という問題だと思う。
私はどちらの読み方も好きで、同じ作品を聴き比べる事に面白味を覚えている。

ライブ終了後----
酒を交しながら 奥山さんから、ことば指導というお仕事が 精神的にも肉体的にもいかに過酷であるか、樋口一葉にどれほど思い入れがあるか など、貴重なお話をたくさん聞かせていただけた。
非常に楽しく同時に勉強にもなった 有意義な一夜であった。 

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タグ:奥山眞佐子
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映画「紳士は金髪がお好き」 [感想文]

「紳士は金髪がお好き」
言わずと知れたマリリン・モンローの代表作の一つである。
監督はハワード・ホークス。 1953年製作。
モンローらしさが完成された時期の 若々しく愛らしいお色気に溢れた作品であり、モンロー主演作品中 最もクオリティの高い作品でもある。

内容は----
モンロー演じる歌姫と彼女の相棒歌姫 モンローの婚約者である億万長者 彼の雇った探偵を軸に展開するミュージカルコメディである。
息を飲むほど見事な歌と踊りが、モンローと相棒役のジェーンラッセルの美しさを好対照に引き立て合いながら、テムポよく ハッピーエンドのラストまでぐいぐいと引き寄せてやまない。

中、この作品に殊にエネルギーが注がれているのが「衣裳」である。
二人の歌姫が、次から次へと 実に彼女達の個性にぴったりの斬新なデザインドレスに身を包み 登場するのである。 ファッションショーさながらに。
最初から衣裳に並々ならぬ大きな予算が分け与えられているのが 如実に判る。
極めて優秀なデザイナーが抜擢され、布地やアクセサリー一つに至るまで手抜かりなく、完璧とも言える仕事をしている。

この作品を観ようという観客は、言わずもがなリアリズムなど求めてはおらず、きらびやかで非現実的な いわばショーに酔いしれたいが為に シートに座る。
そういった観客の気持ちをしっかりと把握し、何一つとして裏切ることなくフィルムに収めきった、ミュージカル大国のミュージカル黄金時代の 非の打ちどころのない大傑作である。

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ドキュメンタリー映画というもの  [感想文]

ドキュメンタリー映画は、虚構ではない。
しかし、客観的事実の叙述であるかというと、それも又 違うのである。

ドキュメンタリー映画とは、監督が意図をもって、あらかじめテーマを決め、あるいは 取材段階や集められたフィルムを基にテーマをあぶり出し、劇映画同様 そのテーマに向かって突き進むものなのである。

例えば----
あるバンドのドキュメンタリー映画を作ると仮定する。
テーマは、「主人公のバンドが如何に優れたバンドで人気者だったか」とする。
実際は、その時代に同ジャンルのバンドが雨後の筍の如く多数出現し その中での秀でたバンドだったとしても、音楽シーン全体や他のバンドについては一切触れずに製作されたら、その音楽ジャンルも人気も 主ドキュメンタリー1.jpg人公バンド唯一のものであるように見える。
又、実情としては 複数の複雑な理由がからみあってドロドロと解散に向かったとしても、複数の要因のうちの最も無難なものを一つだけ取り上げたら、矢張り、それが唯一の理由で穏やかに解散したのだと受け取れる。

これがドキュメンタリー映画というものの構造なのである。
誤解のないように記すが、私は決して、ドキュメンタリー映画を 揶揄している訳でも否定している訳でも低レベルのものだと嘲笑している訳でも ない。
これが、ドキュメンタリー映画というものなのだ と言っているのである。

ドキュメンタリー.jpg劇映画は、劇映画のお約束事を理解した上でスクリーンに向かう。
今時、劇映画の中で人が殺されたのを観て、本当に殺されたのだと解釈して驚愕する人はいない。
誰もが皆、「劇映画というものは虚構である」という大前提を解った上で シートにかけているのである。
しかし、何故だか、ドキュメンタリー映画に関しては、前述の構造を理解していない人が少なくないように思う。
客観的事実なのだと 白紙に絵具が染まるように 受け入れてしまう人が多いように思う。
劇映画中の殺人は虚構であるという認識同様、ドキュメンタリー映画も 監督が一つのテーマを言はむとする為に 数有る事実の中から取捨選択して上手に編集されたものであるという認識の上に、観客側がスクリーンに向かわねばならないのだ。

尤も----
報道映画も記録映画も、ひいては新聞やネットの情報も、歴然とした客観的事実など 伝えてはいないのであるが。 それを伝えることなど不可能なのであるが。


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 ガラホAQUOS Kを一年間使ってみて  [感想文]

昨年9月、私・ぼんぼちは、ガラケーからガラホAQUOS Kに機種変しました。
そして先日、使用し始めて丸一年と幾日かで、突然、インターネットとメール送受信が機能しなくなったのを機に、スマホに替えました。
ということで、今日は、一年間ガラホAQUOS Kを使ってみた感想を綴りたいと思います。

ガラホ1.JPGそもそもガラホAQUOS Kを購入した理由は、フタの部分がフラットで ペーパーコラージュを施しやすいからでした。
見た目に拘る私は、気に入ったデザインが見当たらない場合、ペーパーコラージュで納得の見た目に変身させるのです。
ガラホは、ガラケーとスマホの中間をゆく商品だと謳われていたので、ガラケーで用が足りていた私には、機能的に不自由する事は何もない筈だと安心し 躊躇なく購入しました。

しかし、いざ使い始めてみると-----
私にとって非常に重要な事のうちの三点が、難を覚える結果だったのです。
最初の二点は-----
大好きな芸能人のプロダクションの有料公式モバイルサイトに二つ加入しているのですが(山田孝之さんとボゥディーズ)、それが二つとも 受信できなくなってしまった事です。
したがって、映画公開情報や舞台挨拶の文言や動画が閲覧できなく、新曲情報もいち早く知ることができなく ライヴの先行予約もできなくなってしまいました。

ガラホ.JPG三点目は----
ガラホにしてから何カ月か経った頃、私の生き甲斐であるソネットブログで、プロバイダーがメンテナンスを行いました。
以降、自分のブログにログインできなく、ゲスト画面からの閲覧・書き込みしか不可能になってしまいました。

・・・・・・・もぅ踏んだり蹴ったりです。
ガラホになんてしなければ良かったと、近年にない後悔の念でいっぱいになりました。
でも、せっかく七万も出して買ったので、とにかく一年間は使用して、丸一年経ったところで、次は、ペーパーコラージュに適したカバーのあるサイズのスマホにしようと思いました。
丸一年が過ぎ、そろそろ機種変しようかと日程を考えていた矢先、前述の機能に不具合が発生したという次第です。

今度はスマホなので安心です。
カバーは、表紙のある黒の無地の革調です。
英字新聞でも貼って 無彩色でクールにキメようかな?


タグ:ガラホ
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書籍「ATG映画を読む」(フィルムアート社)  [感想文]

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映画好きが映画を観る時は、水準の高い作品ばかりを観たいものである。
駄作になぞは遭遇したくないものである。
その為に、映画好きのみなさんは、どのような策を取っているであろうか?
この監督、この脚本家の仕事なら安心だとあたりをつける。
一定のクオリティ以上の作品だけを上映する劇場をたよりにする。
----ATG映画を選ぶ。
この基準を持っている映画好きは、非常に多いのではなかろうか?

そう、ATG映画は、それくらい全体的に水準が高い。
ボクシングの選手に例えると、KO勝ちが圧倒数で 次にKOとまではゆかないが勝ち。 負けやましてはKO負けなんて ほんの数えるほど、といったところである。
ATGは、映画界史上に遺る 他に類を見ない高水準製作・配給会社なのである。

「おとし穴」 勅使河原宏
「パサジェルカ」 アンジェイ・ムンク
「憂国」 三島由紀夫
「戦艦ポチョムキン」 エイゼンシュテイン
「華氏451」 トリュフォー
「新宿泥棒日記」 大島渚
「心中天網島」 篠田正浩 
「薔薇の葬列」 松本俊夫
「書を捨てよ町へ出よう」 「田園に死す」 「さらば箱舟」 寺山修司
「青春の殺人者」 長谷川和彦
「TATTOO<刺青>あり」 高橋伴明
「逆噴射家族」 石井聡互
「台風クラブ」 相米慎二
等々々・・・・
私が今までに観たATGが関わった作品の一部をざっと挙げただけでも このクオリティである。
どれも、時を越えて映画史上に輝き続けている達作ではないか!

そして私は先日、神保町・矢口書店にて「ATG映画を読む」(フィルムアート社)という書籍を購入した。
ATGの足跡と ATGが製作または配給をした国内外の映画170余作品をシノプシス・解説・評論付きで紹介した 読みごたえのある一冊である。
作品の数が多いのでライターは複数人おり 優秀な人材ばかりを揃えることはできなかったようで、間違った解釈をしていたりシノプシスの説明が稚拙だったりするところもあるのだが、過去に観た作品の復習とこれから臨まむとする作品の羅針盤の役割は、充分に果たしてくれる。

「ATG映画を読む」 映画好き必見の映画専門書である。
映画好きのみなさん、矢口書店をはじめ 映画に明るい古書店で探してみては如何だろうか。

ATG映画を読む.jpg


タグ:ATG
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早稲田大学演劇博物館・特別展「ああ新宿」を観て [感想文]

演劇博物館.jpg
7月某日----
早稲田大学キャンパス内に在る演劇博物館に、「ああ新宿」を観に行く。
若者文化にエネルギーのあった1960年代の新宿を、文字と写真と映像で伝える特別展である。

私の思春期・青春期は1970年代~1980年代でシラケ世代と呼ばれ、大企業の作った類型を受動するだけの 実につまらない 精神的飢餓感すら覚える時代で、当時から私は 一世代前の1960年代に強い魅力を感じていた。
だから、情報を知るや、この特別展には是が非でも行かねばなるまいと、スケジュールを合わせ 足を運べる予定日を指折り数え、高なる鼓動の胸を片手でおさえつつ 博物館のドアを押したのだった。

先ず----
高野 中村屋 紀伊国屋書店の三商店が大きく取り上げられていた。
次に、ジャズ喫茶---ピットイン DIG(DUG)や 学生運動 ヒッピー フーテン 西口フォークゲリラの様子 藤圭子の「新宿の女」のジャケット展示。
中央ブースでは、映画「新宿泥棒日記」が大画面に全編くり返し流され、向かい側の壁面には、当時 上映・上演された映画・演劇のポスターの数々。
中でも、寺山修司と「新宿泥棒日記」にも本人役として出演している唐十郎と 氏らの率いる劇団---天井桟敷と状況劇場は、詳らかに説明されていた。
そして最後のブースには、プロジェクターから新宿の街 今昔が映し出され、細江英江 森山大道といった有名写真家が新宿の文化・風俗を捉えた白黒作品が並んでいた。
加えて、70年代以降の演劇と TV番組「笑っていいとも」の紹介。
以上が主な展示内容で、あとは建築がテーマの第2会場へと移る。
会場壁面は波波のトタン板や金属フェンスでおおわれ、昔の新宿の街の一隅に入りこんだような錯覚を起こさせる意匠となっていた。

この壁面作りと「新宿泥棒日記」が大画面で全編上映されていた二点は良かった。
臨場感溢れる面白い試みだったと思う。
しかし、私には、大きな疑問に首を傾げずにはおれない点が三点ある。
それは----
演劇博物館.jpg
第一に----
何故、新宿ACBに出演していたGSグループとそこに熱狂する若者が みぢんも取り上げられていなかったのか? ということである。
GS人気は 60年代で欠くことのできない若者文化である。
しかも、新宿に その代表的なハコACBがあったのである。
ジャズ喫茶や新宿を歌った歌謡曲を展示して、いったい何故、GSを取り上げないのか不思議でならない。

二点目は----
映画「薔薇の葬列」が、幾多重ね飾られるポスターの中の一枚として片付けられてしまっていたことである。
「薔薇の葬列」は、二丁目のゲイバーを舞台としたフィクションのストーリーに ゲイボーイ ヒッピーらのインタビュー---ノンフィクションを交えた 強烈に60年代の新宿の風俗を リアルに提示した作品である。
「新宿泥棒日記」と同じくらい今展で上映するに値する映画である。
何らかの事情のために「新宿泥棒日記」一作品しか上映できないのであれば、「薔薇の葬列」は、ポスター展示だけでなく 注釈を記すべきではなかろうか?
----どころか、新宿の文化を語る上で必須の二丁目の解説が、どこにも一言も見当たらなかった。
あったのは、有名写真家の作品群の中に ニューハーフをモチーフとしたものが一枚、それのみだった。

三点目は----
70年代以降の演劇やTV番組が、数々の資料の動員で以って 1コーナーも設けられていたことである。
これは全く不必要である。
70年代以降がどのような流れとなったのかを伝えたいのであれば、最後のブースのパネルのラストの文章の二、三行で説明すれば充分である。
鴻上尚史やつかこうへいがどんな舞台を作っていたか 「笑っていいとも」がどれほどの人気番組だったかなど、今回のテーマとはまるで関係がない。

この疑問三点は、館長をはじめ今企画にたずさわったブレーンに是非とも読んでいただきたいので、同じ内容を 館内のアンケート用紙に書き込んできた。
勿論、本名とメールアドレスも明記して。
館長と今展まとめ役には、今回このような片手落ちでズレのある企画展を開いてしまったことを 強く反省していただきたい。
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