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気遣いへの応えかた [独り言]

これは、私が若かった時、飲食店でアルバイトをしていた頃の話である。

入って何カ月か経ったある定休日、友人とちょっとした日帰り旅行に行ったので、調理担当のチーフに「店のみなさんで召しあがってください」と まんじゅうの箱を手渡した。
どこの観光地にも並んでいる 日持ちのするどうということのない ありきたりのつまらないまんじゅうである。
気遣い1.jpgと、次の日----
チーフは、私が出勤するなり 満面の笑みで向いた。
「ぼんぼちちゃ~ん、あのまんじゅう、ウッマイなぁ~。 ほんっとにウマかったなぁ。 いやぁ、ウマイまんじゅうだったよ~」
チーフは、「ウマかった」という言葉の向う側で 「気を遣ってくれてありがとう。 その心遣い嬉しいよ。」と言ってくれているのだった。
私はチーフの人柄の良さと気遣いに対するさりげない応え方の上手さに感激した。

それから何週間か後----
出勤前に店の近くの自然食レストランで食事をとっていると、奥からこんな声が聞こえてきた。
「こういうことしなくていいからっ! ほんとにもう次からは買って来なくていいからっ!」
まるで 悪事や失敗を叱咤するような言い方だった。
見やると、店主の中年女性が怖い顔をし、前では大学生のアルバイトと思われる女の子がうなだれていた。
その後のやりとりから、バイトの彼女が郷里に帰った折に土産物を買って来たことを「気遣いはしなくていい」気遣い2.jpgと諭しているのだと判った。
「そんな言い方することないだろう!!」
私は憤りに 右手の箸がふるえた。
「若い者というのは、大人社会に適応しようと 自分達なりに一生懸命なんだよ! それをそんな否定的な態度で押しつぶすことはないだろう!!」

私は改めて、いいチーフの下で働かせてもらっていると実感した。
同時に、自分が歳を重ねた時、年少者に、間違ってもこの自然食レストランの女店主のような態度はするまい、チーフのような応え方ができる大人になろう、と我が内に誓った。
そして、五十半ばとなった今も、その誓いは忘れてはいない。


※3月4日のオフ会、初めてのかたも大歓迎でやす!
タグ:気遣い
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決定稿と完成台本 [独り言]

シナリオ.JPG

映画勉強したことのあるかたは、お気に入りの劇映画作品の脚本を読むことも、映画の享しみのひとつとしておられることと思う。
映画を勉強したかたがた、読む脚本は、決定稿と完成台本、どちらを好まれているであろうか?
私は前者である。

----映画を勉強したかた以外は興味がないためにご存じないとお察しするので、ここで簡単に、決定稿と完成台本の違いを説明したいと思う。
先ず前者は、脚本家が稿を重ねた末にokが出て、「ではこの本で撮りましょう!」と成ったものを言う。
そして後者は、映画が撮り了り 編集された本編を観ながら起こされた脚本を言うのである。

私が何故、前者を読むほうが好きかというと----
「ははーん、このロケ場所では説明台詞をつけなければ状況が見えづらいから この台詞を加えたな」とか、「うわっ!このシーン、決定稿ではここに入ってたんだ!ずいぶん入れ替えたなぁ」と、現場や編集段階で変更になった箇所が詳らかに解るからである。
映画好きにとって これほど前のめりになれることはない。

勿論、完成台本を読むことにも興味がない訳ではない。
作品を観ながらパラリパラリとなぞると、単に画面に向いていただけでは何百回観ても着地できなかった深層部分に降り立ち咀嚼することができるのだから、これも又 非常に意義ある行為である。

だから、脚本の優れた劇映画に遭遇すると、私は必ず、その作品が掲載されている号が在るか否か 月刊シナリオのバックナンバーを探しに 神保町矢口書店へ足を運ぶのである。

シナリオ2.JPG

※3月4日(土)のオフ会、食べ物・飲み物の持ち込み大歓迎でやす!
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台詞シリーズを一年間綴りきて  [独り言]

2016年、私・ぼんぼちは、「台詞シリーズ」と題した 一人の人物のしゃべり言葉だけで構成された短尺の作品を 四記事に一記事公開してきました。
ドラマの短いワンシーンの脚本のような体をとったものですが、読んでくださるかたがたが それぞれに様々なイメージ・解釈を抱いてくださればと思い、あえて しゃべっている相手の台詞やト書きは一切入れませんでした。

読んでくださるかたには解らずとも、自分の中で密かに守ってきたルールもあります。
「100%完全な虚構ではなく 自分が見聴きしてきた あるいは友人から聞いた『現実』を使うこと」です。
話によっては、人物名や単語を一つ替えただけのものもあります。
芥子粒から金平糖を形成するように ほんの些細な見聞を大きく脚色したものもあります。
が、とにかく、このシリーズは「日常にありがちなリアリズム感」を大切にしたかったので、まるまるの嘘事は書きたくなかったのです。

一年間でちょうど30話公開したわけですが、私なりに一番気に入っているのは「シニア割引」です。
このくらい端的に短くオチがつくのが理想です。
作るには、長尺にして話を展開させてオチをつけるのは簡単で、短尺になればなるほど難しいのです。
その次に気に入っているのは、「下車駅」「市民会館第二集会室」でしょうか。
私はこういうタイプの変な人に妙に興味をそそられるのです。 身近にいたらイラつくかも知れませんが。

とにもかくにも、みなさん、私の拙い自己満足の作品に一年間お付き合いくださり ありがとうございました。
ぼんぼち、感謝の気持ちでいっぱいです。
で、台詞シリーズ、今年だけでやめようかとも思ったのですが、まだまだネタもあるし 何より書いてて楽しいので、来年も続けることにします。
来年は、より時節に添った話を公開できれば、と思います。

台詞.JPG

タグ:台詞
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 同じであるのが友達なのか???  [独り言]

いつだったか----
テナントビルの中の寿司屋の席に掛けると、ラディッシュのスライスに明らかに出来合いと判るドレッシングをかけただけの小鉢が出てきた。
客全員に供されるらしい「おまけ」のような どうでもいい感じの一品だった。
隣のテーブルの4人の中年の御婦人の所にも出された。
と、その中の一人の御婦人が、嬉しく驚いたように声をあげた。
「わぁ!これ、美味しい!」
すると、すぐに続いて 「まぁ!美味しいわ!」 「あら!美味しい!」 「ほんと、美味しいわね!」
全員が、同じ声の調子で同じ様に 「美味しい!」と発したのである。
私は、特別どうということのないラディッシュのスライスに4人全員が同じに感嘆するなんて奇妙だな、と思った。

別の日----
カレー屋に入ったら、ビッグテーブルをぐるりと囲んだ女子高生5人全員が、まるで計りで計ったように ライスとルーを同じ分量だけ残していた。
皿の端に丸く寄せた寄せ方まできっちり同じだった。
この時も、全員が同じ分量だけ食べきれないなんて奇妙だな、と思った。

友達1.jpg

街なかで数人組の友達同士らしい人達を観察していると、このように言動がぴたりと一致しているという クローン人間でもない限り本来あり得る筈のない奇妙な一致というのに しばしば遭遇する。
おそらく、一人に合わせて他の皆が嘘を吐いて倣っているのだろう。 そうとしか考えられない。

----それにしても、どうしてそんな嘘を吐くのだろう?
リーダー格の人に、「私と同じじゃなくちゃ友達と認めない!」と圧力でもかけられているのだろうか?
あるいは、リーダー格は何も言わなくとも、「この人と仲良くなるためには同じふりをしなくちゃ!」と 周りがすり寄るのだろうか?

私は嫌だ。
誰かと同じであろうとはみぢんも思わないし、そういうふりをしたいとも思わない。
そんな嘘を吐くのは相手に対して失礼だと思うし、自分も苦しいからだ。
又、誰かに「自分と同じ」ことを執拗に求められるのも はなはだ不愉快だ。
一度でもそんな感情を向けられたら、私はその人を友達候補から除外し、単なる「知り合い」として必要最小限の 距離を置いた付き合いだけにとどめる。

そもそも、一体全体何故ゆえに、友達同士が「同じ」である必要があるのだろう???
本音で 意見・嗜好の違いをぶつけ合い 論じ合い 徹底的に理論を交せ合えてこそ友達ではないのか???
友達2.jpg

タグ:友達
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 着ぐるみのススメ  [独り言]

着ぐるみ1.JPG

今年2月、つまり前々回のオフ会にご参加くださったかたはご記憶のことと思いやすが、あっし・ぼんぼち、着ぐるみで皆さんをお迎えいたしやした。
フリース素材の黒猫の着ぐるみでやす。
この着ぐるみ、その後 どうなっているかというと-----
この季節、部屋着として大大大活躍しているのでやす!

オフ会の最中、「わぁ!なんて温かいんだろう!」と感じたことを思い出し、試しにお風呂上りに着てみやした。
上下に分かれていないので 熱が逃げることなく胴体部分にほこほことこもってくれ、フードをかぶり足は土踏まずの部分までおおってしまうと、首も耳も足もほこほこで、靴下もいりやせん。
あまりに温かいので、エアコンをつけていると暑いくらいでやす。
又、着脱もあっという間でやす。
それまで、トップス ボトムス 靴下 と、フリース三点セットを着けなければならなかったところが これ一着で済むのでやすから。

そして、この着ぐるみ、着ているともう一つ良いことがありやす。
----気持ちも温かになること でやす。
昼間ちょっと嫌なことがあってどんよりしている日も、着ぐるみを着て姿見に向かうと、思わず口角があがりやす。
あっしはついでに招き猫のポーズで「にゃあ」と発してみたりしやす。

みなさんも、お一人で あるいはご家族ぐるみで、フリース素材の着ぐるみで身も心もほこほこになられてはいかがでやしょうか?

着ぐるみ2.JPG

タグ:着ぐるみ
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 喫茶店のBGM  [独り言]

私は喫茶店マニアなので しょっちゅう喫茶店に行く。
二軒はしごする日も珍しくなく、よく利用する街には「なじみの喫茶店」が何軒かづつ在る。
私が「なじみ」にしたい、つまり 喫茶店に求める重要要素は以下である。
第一に、店員さんの接客態度が良いこと。
二番目に、内装(椅子テーブル・調度品なども含む)が古めかしく焦茶色でまとまっていること。
そして三番目に拘るのは、BGMである。
----そう、BGM。 どんな音楽がかかっているか、私にとって かなり重要な要素なのである。

喫茶店.jpgというのは、私は好きな音楽と嫌いな音楽が非常にはっきりしていて、好きな音楽の中に身を置いていると至福に心がほぐれるが、嫌いなそれだと、拷問を与えられているが如くに精神的圧迫を覚え、すぐさまその場から逃げ出したくなってしまうのだ。
具体的に挙げると----
シカゴ以前のブルース オールディーズ オールドジャズなら至福、70年代以降に主流となった音楽はすべて拷問、クラシック音楽はやや苦痛、BGMとして最も多くの喫茶店で使われているモダンジャズは、至福とまではゆかないけれど苦痛でもない、といったところである。

喫茶店2.JPGたまに看板にJAZZと掲げていながらクラシックを流したり いつもはオールディーズなのに唐突に80年代ロックをかける店があり、落胆してしまうことがある。
そんな時、他にお客さんがいなければ いつもの音楽に戻していただくのだが、店員さんの対応から「うちの店のBGMはこれなんです!」と信念を持って経営している店は意外と少ないと判る。
それだけ 喫茶店で音楽に拘る客が少ないということなのだろう。
「この音楽がかかるからこの店に来るのは止めよう」という客は、あまりいないのかも知れない。
店の売上を左右する重要な要素でなければ、店主のその日の気分で替えたりする可能性も大きくなるわけである。

私がなじみにしている十数店の喫茶店の中、前述の三要素全てをみぢんの不満も感じさせずに満たしている店が 一店だけ在る。
三鷹の「リスボン」である。
BGMは、オールディーズである。
明るくてきぱきと愛想の良い初老のマスターは心底オールディーズがお好きなようで、仕事をしながらしばしば合わせて口ずさんでおられる。
ここならいつ来ても間違いなくオールディーズに酔いしれることができる。
スピーカーの真下の席が空いていると、迷わずそこを陣取る。


タグ:喫茶店
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口角をあげて笑うということ  [独り言]

笑顔1.jpg

みなさんは、日々 笑顔を作っておられますでしょうか?
そして、その笑顔は、他者からも「笑顔である」と 認識されていますでしょうか?
今日は、笑顔についての私なりの経験と考察を書かせていただこうと思います。

私は子供の頃 学生時代と、周囲の皆から 「いつも無表情だね」「感情を顔に出さないんだね」「何考えてるのか解からない人だね」と言われてきました。
決して意識的にそうしていたわけではありませんし 元よりそういう自覚すらありませんでしたが、とにかく顔の表情に乏しかったようです。

と、ある時----
私の写真を撮ってくれようとカメラを向けた人が、「笑って!」と言いました。
私は笑いました。
その人はもう一度、「笑ってー!!」と さっきより声を張りました。
私はもっと笑いました。
再び「笑ってーー!!!」と より強く発しました。
私は心の中で、「こんなに こんなに こんなに笑ってるんだから、もうこれ以上笑えないよ」と思いつつ 満面の笑みを作りました。
カメラの人は、「はぁ・・・・」と諦めたように声を落し、シャッターを切りました。
私はなんで、三回も「笑って!」と言われ そして諦めたように声を落されたのか さっぱり解りませんでした。

ところが、焼き上がった写真を見ると-----
そこに写っていたのは、目を糸のように細くして口をへの字に半開きにした つまり 少しも笑っているとは見えない むしろ嫌そうな顔をしている私でした。
----私の笑顔は笑顔に見えないんだ・・・・・。
私は自覚しました。
そして、それは仕方のない事なのだと受け入れて生活するしかない と思いました。

笑顔2.jpg
が、26才になった時----
ダメ元で、「他者からも笑顔に見える笑顔を作れるようになってみよう!」 と一念発起しました。
先ず、どうしたら「笑顔」に見えるのかを考えました。
現在(いま)ならネットで瞬時に答えが出る問題ですが、当時はない時代でしたから 自分の頭で考えるしかありませんでした。
あれこれ考えた結果、笑って見える表情というのは、目を細めるのではなく 口角をあげることなのだと解りました。

それから、私は口角をあげるように努めました。
日常生活の中で笑う時 写真を撮られる時 一人で鏡に向かう時に、意識的に口角をあげようとしました。
しかし、これが想像以上に難しく ちっとも出来ないのです。
無意識に口角があがる人からすると、「なんでそんな簡単な表情が出来ないの?」と不思議に思われるでしょうが、生まれてこのかた口角をあげた事のない者にとって、使ったためしのない筋肉を動かすのは 並大抵ではないのです。
最初の何年間かは、ひょっとこみたいな口になってしまったり ひどく鼻の下を間伸びさせてしまったり と上手く出来ませんでした。
34才の時の写真を見ると、上手くあがっているショットもあれば 間伸びしているのもあります。
そして40才近くになった時、趣味で演技のレッスンを受けたら、科目の中に「笑う」レッスンがありました。
そのレッスンでは先生から合格点をいただけたので、ちゃんと他者からも笑って見える笑顔が作れていたという事になります。
ですから、口角をあげて笑えるようになれるまで、おおよそ10年くらいはかかった計算になります。 

今では、何の意識もなくとも きゅっと口角をあげて笑うことが充分に身につきました。
私の事を「無表情」だとか「感情を顔に出さない」だとか「何を考えているか解らない」という人も誰もいません。
何事も諦めずに努力してみるものだなぁ と実感しています。

笑顔3.jpg

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 好きなアニメーション技法  [独り言]

私はセル系アニメーションは嫌いだが、それ以外の技法のアニメーションは一通り観る。
スチルアニメーション オブジェクトアニメーション ピクシレーション クレイアニメーション ドローイングアニメーション パペットアニメーション 等々々・・・・・。

一番好きなアニメーション技法はスチルで、松本俊夫の「アートマン」や伊藤高志の「スペイシー」の様な作品が、自分の嗜好に最もしっくりくる。
めくるめくショットに酩酊状態に陥る感覚が、何とも理屈抜きに心地良いのである。
オブジェクト ピクシレーション クレイ も、なかなか見逃せなく、一番好きなアニメーション監督は誰?と 問われたら、まっ先に チェコのヤン・シュヴァンクマイエル監督を挙げる。
あのおどろおどろしくもユーモラスな独特の世界は、アニメーションでこそ表現可能だと唸らずにおれない。
そして、二番目に好きなアニメーション監督は?と もう一歩踏み込まれたら、ロシアのカットアウトアニメーション監督ユーリー・ノルシュテインと答える。
いかにも北の国といった彩度を抑えた美しさに、つい時を忘れて吸引されてしまう。

そのユーリー・ノルシュテイン、嬉しい事に 12月10日からシアターイメージフォーラムにて「アニメーションの神様、その美しき世界」というタイトルで 特集上映が催される。
余りにも有名な 「霧の中のハリネズミ」 「話の話」の他 「アオサギとツル」 「キツネとウサギ」 「ケルジエネツの戦い」 「25日・最初の日」 が上映される。
私はすでに全作品観ているが、このようにクオリティの高いアートアニメーションは 何遍反芻しても良いものなので、是非とも足を運ぼうと考えている。
何とも真冬に相応しい特集上映ではないか!!

ユーリー・ノルシュテイン.JPG

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母親は私をソープに売りに行ったことがある [独り言]

過去記事「冷たい廊下----母親に虐待され続けた子供時代」にも書いたように 私は物心ついた頃から 母親に虐待されて育ってきました。
理由は、母親が、望まぬ妊娠をきっかけにモテた父を一人占めしたかったが、思い通りにはゆかずに、恨みの矛先を私に向けていたからでした。
母親に言わせると、産みたくもないのに勝手に産まれてきて 母親の女としての価値を落したのだから、産まれた私が加害者で母親が被害者。 被害者は加害者に何をやったっていい という理屈でした。
そして、いつも口ぐせのように吐いていたのは、「アタシが産んだんだから 売ろうが殺そうが自由だ」という言葉でした。
毎日 最初は「しつけ」という名目で殴り始め、そのうちに「産みたくもないのに勝手に産まれてきやがって!! 親は子供を殺したっていいんだ! もしも逮捕されたって『子供のためを思ってスパルタが過ぎました』って嘘泣きすりゃあ すぐ(刑務所から)出て来られるんだっ!!」と、私の意識がなくなるまで殴り続けていました。
私を売りに行ったこともあります。
勿論、相手は買いませんでしたが。
今日は、母親が私を売りに行った時のことを書こうと思います。

虐待1.jpg

母親は私を一人で産み、「これ、アンタの子だから責任取ってよ!」と迫り、父は渋々母と結婚しました。 私が十八才になるまで という期限付きで。
私が高校卒業と同時に 父は母と離婚し、複数人囲っていた愛人さんの一人を本妻にしました。
母は、「これからはパパから 生活費諸々一切受け取らないから、おめーがアタシの決めた仕事をしてアタシを養え。 十八過ぎたら子供が親を養うのは当たり前の常識だっ!」と つっぱるので、私は小さい頃から夢に思い続けていた仕事を目指すのを諦め、母の決めた画家の仕事に就き、収入の大部分を母に渡す生活を始めました。
毎日毎日 寝る時間も削って 好きでもない仕事で母親の命じる金額を稼ぐのは、とても辛いことでした。

ところが、私が二十六才になった時----
母は父から、本妻だった時ほどのとてつもない贅沢はできないにしろ 人並みの生活をするには十二分な金額のお金を月々受け取っていたことが 判明したのです。
私は自分のやっていることが余りにも馬鹿馬鹿しいと判り、自分の稼いだお金は自分で使おうと思いました。
そして貯金もして、ある程度たまったところで家を出ようと決意しました。
画家の仕事は画商との契約があるので すぐには辞めるわけにはゆかないけれど、折りをみて完全に辞めよう と。

母は、私の決意を知るや 半狂乱になりました。
元々エゴイズムの塊でめちゃくちゃな人格でしたが、それにさらに拍車がかかりました。
あれほど執拗に 私に画家になれと言っていたのに、稼いだお金が自分に渡らないとなると、画家の仕事自体も気に食わなくなったようでした。
私が家を出て自由に生きるなど、母にとっては許せないことでした。
母に言わせると、私が母を養わずに人生を謳歌して幸せになるというのは、加害者が罪のつぐないをせずに逃げる ということなのでした。 私が苦しまなければ、母親の人生の帳尻は合わないのでした。
そして、その帳尻を合わせようという 必死の言動が始まりました。

虐待2.jpg

「おめーをソープに売ってやるっ! どんなに嫌がろうが無理やりしばって連れてってもらうんだぁっ!!」
毎日こう言って 私をおどすようになりました。
しかし、昔の女衒じゃあるまいし、今時一般家庭から娘を買い受ける風俗店など あるわけがありません。
私は動じることなく、自分のための生活を続けていました。

と、ある日の夕方、表から帰ってきた母は、般若のような顔で 私に怒鳴りかかりました。
「さっき、立川(隣街の歓楽街)のソープに行って『ウチに十八過ぎた娘がいる。 安くていいから買いとってくれ。 嫌がって泣きわめいても構わずに しばって連れてってくれ』って頼みこんだんだよっ! そしたら店の男が『奥さん、アタマおかしいんじゃないの?』って相手にしないんだよ! おめーが率先してソープで働かないから アタシが恥をかかされたじゃないかっ! 親のために娘が風俗で働くのは当たり前の親孝行だろがっ! この、親不孝モノがあっっっっっっっ!!」
と、地団太を踏んでわめき散らしました。
私は一日も早くお金をためて家を出よう と思いました。

私が家を出るまでの間、母親は、今度はとんでもない狂言で 救急車やパトカーを幾度も呼び、騒動をくり返しました。

長い文章であるにも関わらず、読んでくださりありがとうございました。
こうして吐露し、みなさんに読んでいただけたことで、また一つ 私の中の膿が絞り出されたようにすっきりしました。
感謝いたします。
虐待3.jpg

タグ:虐待
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ホットバター・ド・ラムとホットバター・ド・ラムカウ [独り言]

日一日と秋の深まりゆく時節、アルコールも温かいものをいただきたくなる今日この頃でやすね。
みなさんは、どんな温かなアルコールドリンクスを飲まれていますでやしょうか?

あっし・ぼんぼちは、ホットバター・ド・ラムとホットバター・ド・ラムカウでやす。
三十才くらいの時に 生まれて初めて心底美味しいと感じたお酒がダークラムで、ダークラムの様々な飲み方をあれこれ試している中で辿り着いたホットカクテルでやす。

ホトバタードラム.JPG先ず、ホットバター・ド・ラムのレシピをご紹介しやす。
好きな銘柄のダークラムを好みの分量のお湯で割りやす。
あっしは、王道のマイヤーズの場合が多いでやす。
そこに、バターと ナツメグ シナモン クローブなどの好みのスパイスを浮かべやす。
バターは、ホットケーキに乗せるくらいの量が適当でやす。
スパイスは、ナツメグはすりおろして、それ以外はパウターをふってもホールをポンと入れても どちらでもOkでやす。
お好みで、砂糖 スライスレモンを加えやす。
これで出来あがりでやす!!
アツアツのうちに 立ちのぼる香りに包まれながら ふうふうと召し上がってくださいでやす!

ホットバタードラムカウ.JPGホットバター・ド・ラムカウは、前述のレシピの「お湯」を「ホットミルク」に変えるだけでやす。
ただし、好むと好まざるとに関わらず、スライスレモンは入れやせん。
ホットバター・ド・ラムよりもデザートカクテル感の高い 〆めにとろとろと飲るのに相応しい こっくりとした一杯でやす。

どちらもスタンダードなカクテルなので、きちんとしたショットバーであれば、バーテンダーさんは間違いなく 心よく「はい!」と作ってくださいやす。
あるいは、ご自宅でナイトキャップとして楽しまれるのもいいかも知れやせん。 材料さえ揃えれば特別な技術は必要としないカクテルなので。

ホットバター・ド・ラムとホットバター・ド・ラムカウで、秋の夜長に お一人であるいはご友人と、心も身体も温められてはいかがでやしょうか?



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