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腹式呼吸とは [独り言]

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「以前、演技のレッスンを受けていたことがある」と人に話すと、「じゃあ、腹式呼吸ってのをやってたんだね。 腹式呼吸ってどういうのなの?」と しばしば聞かれます。
今日は、腹式呼吸というものがどういうものかを 簡単に説明したいと思います。

よく「お腹に空気が入るの?」と言う人がいますが、空気は胃や腸には入りません。 肺にしか入りません。
ではどうして 腹式呼吸と呼ばれ、そしてどうして 腹式呼吸をすると下っ腹が出たりひっこんだりするのかというと----
私達は、日常 しゃべっている時、たいていの人は肺の上のほうの三分の二くらいだけを使っています。 下三分の一は殆ど使っていません。
その使っていない下三分の一もフルに使うことによって 大きく長く響かせる声を出そうというのが、腹式呼吸とその目的なのです。
下三分の一を使うにはどうすればいいかというと----
胸部が動かないように(特に肩が上がらないように)気をつけ、息を吸いながら下っ腹をぐーーーっと前に出します。 そしてまた、吐くときは下っ腹をひっこめます。
こうすると 息を吸った時に横隔膜が下がり、したがって肺が縦にふくらみ、肺の下三分の一にも空気が入るのです。
これが腹式呼吸のしくみです。

私達は誰でも、横になっているときは無意識的に腹式呼吸をしています。
ですから腹式呼吸の訓練をするには、先ず仰向けに寝た状態で前述の方法をやってみるとすぐに出来ます。
その後、立っての訓練に入るのです。
足を肩幅に開き立ち、喉に力を入れずに楽な状態にして「アーーー」と声を出しながら行います。
この時、下っ腹がちゃんと出たりひっこんだりしているか、お腹に手をあててやってみると解かりやすいでしょう。
誰でも、毎日何カ月か訓練を続けると、必ずできるようになります。

腹式呼吸ができると、カラオケを歌うときや広いスペースでのスピーチ等にとても役立ちますので、皆さんも覚えてみられてはいかがでしょうか?

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タグ:腹式呼吸
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55才の誕生日を迎えて [独り言]

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私ぼんぼち、2017年6月16日の今日、55才の誕生日を迎えました。
私を身体的および精神的に虐待していた母親が突然の病で死んだのが 私が27才の時でしたから、私はまるまる母親が生きていた人生と同じだけの長さの母親が死んでからの人生を生きたことになります。
これは私にとって 勝利感でいっぱいの快挙の気持ち溢るることです。

母が死んで生まれて初めて「ののしられない毎日」「否定されない人格」「完全な自由」を手に入れた私は、以降 好きなことをやってやってやりまくってきました。
充分に睡眠をとること ゆっくり好きな食べ物を食べることから始まり、おしゃれを楽しむこと 喫茶店でくつろぐこと 好きな街をのんびり歩くこと ショットバーでカクテルをかたむけること カクテルラウンジでアルバイトすること 映画と演劇の勉強をすること 恋愛をすること 結婚をすること 嫌になったら別れること 美容にエネルギーをつぎこむこと、そして こうしてブログを通じて言いたいことを吐露すること・・・・・
時として悲しい感情におちいる結果を招くこともありましたが、自分の意志で決めてやらずにはおられなかったことなので 全く後悔はしていません。
それも含めて27才以降は、最高に幸せな人生と成りました。

私はもぅやりたいことをやり尽くしました。
母親が生きていた頃ややりたいことを満喫途中だった頃は、「今、事故や病気で死んだら 私の人生なんだったんだ?ということになる。自分の人生を生き抜くまでは死んでなるものか!!」と強く思っていましたが、こうして好きなことをやり尽くした今は、死ぬことへの恐怖がなくなりました。
明日 死が訪れたとしても、私は笑顔で受け入れます。

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あの世に持ってゆきたい音楽アルバム [独り言]

みなさんは、もしも あの世に一枚だけ音楽アルバムを持ってゆけるとしたら 何を持ってゆきますでしょうか?
あの世に行っても くり返しくり返し聴き享しみたいのは どのアルバムでしょうか?

私は、ミード・ルクス・ルイスの「バレル・ハウスピアノ」です。
1956年に録音されたブギウギピアノです。
ブギウギピアノは、元々非常にジャズ寄りのブルースではあるのですが、その中でも この「バレル・ハウス・ピアノ」は、よりジャズ色の強い仕上がりと成っています。
曲も、「12番街のラグ」や「セント・ルイス・ブルース」など、ジャズのスタンダードナンバーが何曲も盛り込まれています。
それを、ミード・ルクス・ルイス特有の トイピアノのようなペチャペチャした----クラシックピアノの先生が「最もよろしくない例です!」と眉をひそめるであろう弾き方で、軽快なテムポに乗りながらもうるささを感じさせない 何遍耳に流し込んでも飽きのこない音で奏でられています。

昨夜も眠りにつく前に ベットに横になりながら一人リズムを刻みました。
私はあと何年生きる運命にあるのか解かりませんが、私が死んだ折りには このミード・ルクス・ルイスの「バレル・ハウス・ピアノ」を 棺の中に収めてほしいと思います。

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画家をやっていて辛かったこと [独り言]

私は家庭のしがらみのために 18歳から20代半ばまで、画家をやって母親を養っていました。
画家をやっていたその時代は、私の人生で最も辛い時代でした。
今日は、画家をやっていて辛かったことを 具体的に吐露しようと思います。

先ず、私はまったく画家になどなりたくはありませんでした。
中高と美術学校に通っていた私は、高校を卒業したらファッションの専門学校に入り 卒業後は舞台衣裳を作る仕事をしたいと熱望していました。
しかし、美術の成績が良かった私を、母は「これは金になる」ともくろんだようで、又 教師もファッションではなく絵画に進みなさいと推し、私の志望進路は閉ざされてしまいました。
母親の「おめー、高校出てすぐにファッションでアタシを養えるのかーーっ!? 18過ぎたら子供が親を養うのは当たり前の常識だろーがっ!」という言葉に、母親への恐怖心が染みついていた私は逆らえませんでした。
母親のいう「親を養う金額」というのは、月額100万円でした。
生活にそれだけ必要なわけではなく、贅沢のためです。
母親に言わせると、子供が親に月100万渡して左団扇させるのは、当たり前の常識ということでした。
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私は高校を出るとすぐに画商と契約を結び、毎日毎日眠る時間も食べる時間も削って画業に専念し 金を稼ぎ、その大半を母親に渡しました。
睡眠時間は毎日3時間で徹夜もしばしば、食事はパンか玉子かけご飯を5分でかきこむ生活でした。
白っぽいバックに赤や黄の花やフルーツのモチーフの具象画が売れるというので、そういった作品ばかりを描きました。
しかし、私はそういった画風・モチーフは、ヘドが出るほど嫌いでした。
ヘドが出るほど嫌いな方向性の作品を来る日も来る日も描かねばならないことは、大きなストレスでした。
そしてさらに、個展で客と話をする時には 笑顔でこう言わなければなりませんでした。
「私が表現したいものを解かっていただけて嬉しいです」 「私が好きで描いた作品を買っていただけるなんて光栄です」 と。

そうやってつきたくもない嘘をつかねばならないことも 非常に大きなストレスでした。
けれど、私にはそれらのストレスを発散させられる場所はどこにもなく 聞いてくれる人も誰もいませんでした。
眠る時間も食べる時間もなく次から次へと入る注文をこなさなければならなく 収入の大半を母親に渡していたので、ウサばらしに遊びに行ける時間やお金はみぢんもありませんでしたし、友達をつくる場も時間もありませんでした。
高校時代の友人に逢う余裕もまったくありませんでした。
稀に寸暇を見つけて電話をしても、「画家になったアナタはもぅ私達とは別世界の住人だから」と 敬遠されてしまいました。
私は、一人ぼっちで たまる一方ではけ口のないストレスに押しつぶされそうでした。

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一年過ぎると、体重は14キロ減り 身体のあちこちに不調が現れました。
「この生活は大変すぎて もうこれ以上は続けられない」と母親に訴えましたが、母親は聞く耳を持ちませんでした。
どころか渡す金額が月100万に達していなかったので、「この甘チャンの根性なしがーーーっっっ!!」と 私をののしるばかりでした。

20代半ばになった時----
母は、私からの金など一銭も受け取らなくても充分に贅沢出来る金を 離婚した父から貰っていることを知りました。
私は自分のやっていることが余りにも馬鹿馬鹿しいと判り、これからは断固として母親を恐れずに、母親からどれほど攻撃を受けようが、自分の稼いだ金は自分で使おうと決意しました。
そして、画業は画商との契約があるのですぐに辞めることは出来ないけれど、じょじょに減らして そのうち完全に辞め、ファッションの道に進むことこそは叶わなかったけれど、可能な範囲で好きなことをして暮らしてゆこうと思いました。

18歳から20代半ばが青春時代だとしたら、私の青春時代は地獄一色でした。

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タグ:画家 辛い
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仲良しになれるキーワード [独り言]

みなさんは、友人が出来 仲良くなってしばらくしてから 全く同じものが好きだったと発覚し、互いに嬉しく驚いた経験はないだろうか?
「仲良しになった人は、全員○○が好きな人」。
逆の言い方をすると、「○○が好きな人とは、必ず仲良しになれる」。
このように、大抵の人には、仲良しになれるには 何がしかの共通の嗜好のキーワードがあるのだと思う。

これは、あくまで「嗜好の共通性」なのであって、決して「時間」や「空間」の共通性ではない。
もしも、時間や空間の共通性がそのキーワードであるなら、同級生とは全員 仲良しになれている筈であるが、現実には誰れでも 同級生には仲良しになれなかった奴のほうが圧倒的に多い。
それ位、「嗜好の共通性」は、人間の相性に重要なのである。

因みに、私にはこのキーワードは三っつある。
一つは「寺山修司が好きな人」。
二つめは、「ヤン・シュヴァンクマイエル(チェコのアニメーション作家)が好きな人」。
そして三っつめは、「90年代ガロ系が好きな人」である。
この内のいずれかが好きな人とは 例外なく、緊張感なくうちとけられ 話題に事欠くことなく 何でも話し合える仲になれる。

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タグ:友達 仲良し
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さいかんの大将にヤマメをいただく [独り言]

先日いつものように、三鷹の中華料理店さいかんに飲みに行った。
いつものように、中華メニューをあれこれ注文し、ずらずらと眼前に並べる。

----と、小ぶりでスマートな川魚の塩焼きが差し出された。
「これヤマメ、昨日釣ってきたんですけどね。 もしお嫌じゃなければ」
大将が笑顔で立っておられた。
私の心は清流のヤマメのように小踊りした。
何故なら----
私は理屈抜きに、大の川魚好きだからである。
のみならず、ちょうど幾日か前に 井伏鱒二の川釣りにまつわる随筆を読み了えたところで、アユだイワナなヤマメだと 釣り方や釣り上げた時の感慨を鮮烈に受けたばかりだったからである。

奥多摩あたりで釣られたんですか?」
山梨まで行って来たんですよ」
「たくさん釣れましたか?」
「まぁまぁってとこだねー」
大将は、はにかみながら厨房に戻って行かれた。
----そういえば、井伏の随筆の釣り場も甲州だった。

淡い味わいの白い身をありがたくいただく私の頭蓋に、新緑の中 喜々と竿を上げるさいかん大将と井伏の姿が重なった。

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アルバムというもの [独り言]

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もしも、何の前情報もなく私の家族のアルバムを人が見たら、「円満な家庭だったんですねー」と 目を細めるに違いない。
アルバムの中の我が家族は、笑顔で寄り添い 見るからに仲むつまじそうなショットばかりだからである。
しかし、私の家庭は 円満などとはほど遠い所に位置していた。
母は勝手に一人で私を産み 無理やり入籍にもってゆき、父はそんな母を愛する筈もなく ほとんど家に帰らず、母は誤算の腹いせに毎日私を記憶がなくなるまで殴りつけていた。
写真を撮る時だけ円満な家族のふりをして、その中でもいかにも相応しいものだけをアルバムに収めていたからである。
見栄と世間体のために。
----「アルバム」というものは、こういうものではないのだろうか?
我が家のようにここまで極端な例は少数かもしれないが、程度の差こそあれど アルバムというものの作られるしくみというのは、こういうものではないだろうか?
どの家庭にも、大喧嘩した事 最悪に冷え切った事など一度や二度はあるだろう。
けれど、アルバムの中にはそういった負の出来事は一切入れられず まるで無かったこととされ、「さぁ、笑って!」「もっとくっついて!」とカメラを向けられそれに応えたものだけが、あたかも家庭の記録の全てとされているのではないだろうか?

学校の卒業アルバムも全く同じで、どれほど酷いいじめがあった学校でも、卒業アルバムではそんなことはみぢんも無かったように作られる。
どの学校の卒業アルバムを開いても、そこにあるのは 皆で一丸となって輝いた青春の笑顔ばかりである。

険悪な空気の中でだらだらと進行したテレビのパラエティ番組の公開録画が、編集後観ると、テムポよくノリノリで盛り上がっているのと同じである。

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あぁ!懐かしの文化屋雑貨店 [独り言]

文化屋雑貨店----この店名を聞いて「あぁ!懐かしい!」と声をあげるのは、70~80年代に東京とその近郊で青春時代を過ごされた お洒落好きなかたであろう。
私もその一人である。
中高生時代、クラスの大半が文化屋雑貨店ファンで、お気に入りの戦利品をこっそり学校に持って行って自慢したり 休日にばったり店前でクラスメートと鉢合わせしたり と、文化屋雑貨店は、私達の生活に欠くことのできぬ 青春の象徴の店だった。

文化屋雑貨店.jpgここで文化屋雑貨店をご存じないかたに 簡単に説明したいと思う。
文化屋雑貨店とは、チープでキッチュでどこかレトロな 当時としては独創的なセンスに溢れる アクセサリー バック 食器 インテリア小物等を店内狭しとぎゅうぎゅう詰めに販売していた小さな店である。
社長は、「欲しいものが世の中に売られていない」という理由でオープンさせたという。 1972年のことだった。
最初は渋谷のファイヤーストリートに在り、その後 原宿のキャットストリートに移転した。

文化屋雑貨店1.jpg「欲しいものが売られていない」----これは、当時の若者の多くが感じていたことではないだろうか?
商品の数はあっても所有したい物が売られていない----と、日々精神的飢餓感にうつうつとしていた若者は多かったのではないだろうか?
その飢餓感のど真ん中を打ち抜いたのが 文化屋雑貨店なのである。

90年代以降は、もぅチープでキッチュなものは似合わない年齢になり 買い求めることはしなくなったが、私は原宿に行く度に店内を覗き享しみ、我が青春の懐かしさをいっぱいに吸い込んでいた。

しかし----
2年ほど前、文化屋雑貨店は閉店してしまった。
もはや、チープでキッチュでどこかレトロなあの店内は、私の頭蓋の中だけの存在となってしまった。


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ポンパドールのモロカンミントティー [独り言]

夕方以降カフェインを摂ると 夜 眠れなくなるので、私は毎晩 自室でハーブティーを愛飲している。
ポンパドールというブランドのティーバッグの ペパーミントティーである。

先日 キッチンの棚からその買い置きがわずかとなったので、又 新たに求めに 最寄の駅前まで出た。
ふと気まぐれに、いつものスーパーではなく、古くから在る 舶来の酒や乾物や菓子を扱う個人商店に入ってみた。 もしもなかったら いつものスーパーに足を戻せばよいのだし と思いつつ。
----あった。
と、ペパーミントティーを手に取ろうとすると、隣にモロカンミントティーなるものがある。
モロカンミントティー、つまり、モロッコミントティーである。
これはいつものスーパーにはなく、私は初めて目にする種類だった。
原材料は、ペパーミントとスペアミントとある。
今まで飲んでいたものにスペアミントが加わっただけだから そう大きな違いはないだろうと、迷わずカゴに入れた。

果たして----
モロカンミントティーは、想像を激しく裏切る美味しさであった。
ペパーミントが単純で鋭角的な味と香りなら、モロカンのそれは重厚的でまろやかなのである。
スペアミントがブレンドされるだけでこれほど変わるものなのか! と思った。
あるいは、乾燥のさせ方に何か違いがあるのだろうか?

今までのペパーミントティーにも充分に満足はしていたが、私はすっかり モロカンミントティーの虜になってしまった。
夜の独りのいこいのひとときが、重厚でまろやかなものと成った。

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自分の価値基準で他人の気持ちを決める人 [独り言]

私の父は愛人さんを幾人も囲っていたので、本宅である私の住む家に帰るのは、多くて週に一度 少ない時だと三カ月に一度くらいだったのだが、何かちょっとしたきっかけでそれを人に話すと こう返してくる人がいる。
「寂しくなかったですか?」
そして、その口調と表情には必ず、「寂しかったですよね! 寂しくない筈なかったですよね! 可哀想に!」といった感情が乗せられているのだ。
私はその度に穏やかに、「いいえ、寂しくなかったですよ」と笑顔を作り、心の中では、「はあっ!?寂しくなかった?って何それ? ちーーっとも寂しくなんかなかったよ。 私にとっては当たり前の父子関係だよ。 何が幸せで何が不幸せなんて人それぞれじゃん。 この人、いったい何言ってるんだろう?」と、強い憤りを覚えるのだった。

つまりその人は、父親が毎日帰ってくる家庭こそがまっとうであり、それ以外は歪んだ不幸な家庭だとかたくなに信じ込んでいるのである。
中学生くらいの年齢の子供の会話ならまだしかたがないとも思うが、いい大人になって ここまで自己中心的な狭い思考しか持ち合わせていないというのは、この人はいったいこの年齢まで 何を見聴きし何を学んできたのだろう?と首を真横に傾げたくなる。

もしもこういう人が、「お父さんが別宅の一つも持てなかったなんて 情けなくなかったですか?」と、「情けなく思ってるに違いないですよね!可哀想に!」 という感情を込めて問われたら、どう感じますか?と思う。
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タグ:家庭 価値観
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