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黒電話の時代 [独り言]

私が中高生時代は、黒電話の時代だった。
その頃、しばしばこんなことがあった-----。

ある日、学校へ行くと友人の一人が、「昨日どうして電話くれなかったのー?」と 眉をハの字にして言い寄ってくるのである。
私は何のことやら解からずに「???」という顔をしていると、
「昨日電話したらお母様が出られて『ぼんぼちはまだ帰ってないんですよ。帰ったらこちらからかけさせますからねー』って仰るから かかってくるのずっと待ってたんだよ。 どうしてかけてくれなかったの?」
----私は母から 何も聞かされていなかったのである。

黒電話1.JPG帰宅し母に、「昨日○○さんってコから電話があったでしょ」と言うと、母は「そーいやぁ、そんな電話があったかねぇ」と めんどくさいったらないと言わんばかりの口調で答える。
「どうして伝えてくれないの?」
すると母は、まなじりをつり上げ「なーんで おめーにかかってきた電話をいちいち報告しなくちゃならないんだよっ!」と怒鳴る。
「『帰ったらこちらからかけさせます』って言ったんでしょ。 だったら伝えてもらわないと。 向うは待ってるんだよ。 伝えないんだったら『かけさせます』なんて言わなければいいでしょ」。
と、母は般若のような形相になり、「おめーは親に指図をする気かーーーっ!! アタシはおめーのお手伝い黒電話2.JPGじゃなーーーーいっっっ!!! この親不孝者がぁぁぁーーーーーーっっっ!!!」
地団太を踏み金切り声をあげ 殴りかからんばかりに激怒するのだった。
それ以上何を言ったところで 状況は悪化するばかりなので、私は黙るしかなかった。

そういうことが、数知れずあった。
必ず「かけさせます」と言いながら、母が私に友人からの電話を伝えたことは 一度たりともなかったのだった。
電話の内容は、デザインの授業の課題についてや部活の打ち合わせなど いずれも必要があってのことだったので、私は非常に困った。友人にも迷惑がかかった。
その頃はまだ、「世間体」というものを気にしていた年齢だったので、「母が何も伝えてくれないのだ」とは、友人に言えなかった。

タグ:黒電話 伝言
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アボカドのオリーブオイル炒め [独り言]

調理しようと包丁を入れたアボカドが 食べ頃にはまだまだ早くて「しまった!」という経験をお持ちの方、けっこうおられるのではないでやしょうか?
そんな時、みなさんはどうされてやすか?
硬いのを我慢してカリカリと食べる。
冷蔵庫に何日か入れておいて 柔らかくなるのを待つ。
----火を入れて柔らかくする。 これも一つの選択肢でやす。
中でもあっしがオススメしたいのが、「オリーブオイルで炒める」という方法でやす。

先ず、硬いアボカドを大きめの乱切りにしやす。
次に、フライパンにオリーブオイルをひき、塩で味付けをしながら強火でざっと炒めやす。
火はすぐに通り柔らかくなりやすが、ちゃんと柔らかくなっているのか確認したいかたは 竹串を刺してみるとよいでやしょう。
火を止め、ライムのしぼり汁とタバスコ・ハラペーニョソース(緑色のタバスコ)を好みの分量ふりかけ、全体になじませやす。
ライムがなかったらレモンでもよいでやしょう。
これで、出来あがりでやす!!

アボカドがほこほことちょっと芋っぽい食感に変わり、ライムとハラペーニョのすっぱさと辛さも印象的でやす。
このレシピ、あっしは20年くらい前に雑誌で知りやした。
メキシコの郷土料理なのか日本の料理研究家の方が考案したのかは解かりやせんが、あえて硬いアボカドを求めて作りたくなってしまうほどやみつき必至の一品でやす。

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目が悪そうに見える目 [独り言]

10代20代の頃は 非常に多くの人達に、顔を覗きこまれては「目、悪いでしょ!」と言われた。しかも確信に満ち満ちた態度で。
しかし私は視力がバツグンに良かったので、「いいえ、両目とも1.5です」と事実を答えた。
するとそう言ってきた人のほぼ全員は、「えっ!?だって、どこ見てるか解らない目をしているよ」とか 「へ~っ?!そんなにどろ~んとした目をしてるのに」とか 「だってさ、目と目の焦点があってないじゃん」とか、中には「うっそぉ~!その目、見えてんのぉ~??」などと、何故 自分がこれほど確信的に私の目が悪いに違いないと思ったかを まったく以って信じられないといった口調でぶつけるのだった。
その度に私は、相手の自信を喪失させてしまった事への申し訳なさに似たような ちょっと複雑な気持ちになるのだった。

年を取って-----
私の目は、かなりすすんだ老眼になってしまった。
おまけに乱視も入り、パソコンやスマホ 飲食店のメニューなどを見るときは、眼鏡をかけなくては見えなくなってしまった。
ふと気がつくと-----
私に「目、悪いでしょ!」という人は、誰一人としていなくなっていた。
むしろ逆に、「目、いいでしょ」「よく見えるでしょ」と言われることがあるくらいである。
長い年月の間に「見えていそうな目」になっていたようである。

「目が悪そうに見える目」あるいは「良さそうに見える目」、それは各々の内に在る単なるイメージに過ぎない。
いかに多くの人が確たる論拠のないイメージに固執しているのか。
私の目がそれをよく証明している。
め.jpg

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私の部屋 [独り言]

ガラス器 織部の湯飲み 和布のテーブル掛け かたつむりの形の電気スタンド 自在燭台 船箪笥・・・・・・
私の部屋は、私の選りすぐりの愛しい物達で ひしめき合っている。
別の言い方をすると、私の愛していない物は、何一つとして ない。

私はこの最上級に居心地のいい部屋で、日々 寝起きし くつろいでいる。
この部屋は、もはや私という人間の一部である。
もしも帰る所がこの部屋でなくなったら、私は私でなくなり 歪み狂ってしまうだろう。

だから、死ぬ時は、穏やかに この部屋の中で死にたいのだ。
選りすぐりの愛しい物達ばかりに囲まれて・・・・・・・

部屋.jpg

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どしゃぶり [独り言]

ある夕 ベッドでうつらうつらしていると 
突然 右耳に激しいどしゃぶりの音が聞こえてきた。
左耳には聞こえない。
私の右耳側は書斎で 左耳側は窓である。

私は書斎へと立った。
どしゃぶりの音は書斎の机の上から響いているのだった。
机上には 一冊の書籍「都市計画・明日の東京」が開かれていた。

どしゃぶり.jpg

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父と母の仲 [独り言]

これまで私は何度となく 母親に酷い虐待を受けてきたことを吐露してきましたが、今日は、母は父とはどんな様子だったのかを綴りたいと思います。

まず、何故 父と母は結婚したかを簡単に説明します。
父はオーケストラのバイオリンニストだったのですが、クラシックの仕事だけでは食えずに、テレビの歌番組のバックのオーケストラのアルバイトをやってしのいでいました。
今でいうと、ギタリストだけど自分のバンドが売れないからアイドルのバックバンドをやって しょっちゅうチラチラテレビに映っている といった所でしょうか。
加えて父はルックスが良かったので、ミーハーな女にはずいぶんとモテていた様で、常に周りにたくさん女がおり、母もそんな中の一人でした。

父母.jpg
と、母は、望まぬ妊娠をしました。
それをチャンス到来とばかりに利用して、父を一人占めしたいがために 「産んでいいよ」と言わない父を無視して、子供嫌いだったにも関わらず 強行突破で勝手に一人で私を産み「これ、アンタの子だから責任とってよ!」とやったわけです。
父はしぶしぶ 私が十八才になるまでという期限付きで入籍し、私が三才になる頃には歌番組のバイトでも母と私を養いきれなくなり 全く別の仕事を始めました。
私の記憶にあるのは、父が別の仕事を始め、経済的にぐんぐん豊かになりつつある頃からとなるのですが、その頃から離婚するまで、母は、父が傍にいる時は しじゅうこんな言動をぶつけていました。

「昔は痩せててカッコ良かったのに今じゃ豚みたいに太って醜くなった! あー!まったく騙されたもんだよっ!」
「ヨーロッパ旅行に連れて行くって言ってたのに いつも国内ばっかりだーーーっ!この嘘つきがーーーっ!」
「アタシは世の中で一番サイテーな男と結婚するハメになった世の中で一番可哀想な女だぁっ!」
母が父のために料理を作ったことは一度もなく、鰯を甘じょっぱく煮たものなど 父は自分が食べたいものは自分で作って食べていたのですが、それを横目で見ては
「おーおーおー! また不味いもん作って食いやがってよー!」
と嘲笑し、私が食べようとすると
「あんなもん不味ーーーい! 食うなーーーっっっ!」
と、食べさせてくれませんでした。
父母2.jpg

父は、私が小学四年の時から会社経営を始めたのですが、母は経営のノウハウなど何一つとして解からないのに、
「大卒は甘チャンだから入れるなーーーっ!入社させるのは中卒か高卒だけにしろーーーっ!」
と命令したり、社長室の椅子にふんぞり返って座ったり、家族旅行に若い社員を運転手としてアゴで使ったりしていました。
又 夜になると、「ギャーーーーーーーーッ!!!」と奇声を上げながら ヤカンを床に叩きつけては拾ってまた叩きつけて・・・・を二時間くらい繰り返していました。
母が父に対して 優しい言葉どころか普通に話しかけたことは、私の記憶にある限り ただの一度もありませんでした。

そんな母に対して父は、いつも何も答えずにヘラヘラッと笑っていました。
私は漠然と「これが当たり前の夫婦」だと思っていたので、その様子を見ても 別に辛いとも悲しいとも思いませんでした。
むしろ父が傍にいる時は 怒りの矛先が父に向いていて私は母に殴られる可能性が低いので、そういう意味で嬉しかったです。

今思い返すと、父はよくこんな母親と入籍し 十八年間もの間辛抱してくれたものだと感心します。
私だったら 認知して養育費だけを送って他人のままでいます。
父が右に出る者がいないほどの楽天的な性格だったおかげで、十八年間、一般的とは言えなくとも家族でいる事がなんとか保てていたように思います。

父母3.jpg

タグ:両親 父母
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バーテンダーさんとバーテンさん [独り言]

バーテン2.JPG

みなさんは、オーセンティックなバーで、ネクタイをきちんとしめてベストもピタリと着用し 一筋の乱れもなく髪を撫でつけ、洋酒・カクテルのことなら専門書のごとく知識があり それでいて決して出過ぎない態度の従業員のかたを何と呼ばれているであろうか?
-----「バーテンダーさん」 その通りである。

「バーテンさん」と呼ぶのも あながち間違いというわけではない。
しかし、バーテンさんという呼び方には、ちょっと大衆的で小馬鹿にしたニュアンスが入ってしまうのである。
解かりやすく例えるのなら、ハイヤーの運転手さんを「運ちゃん」と呼ぶのと同じである。
バーテンと呼ぶのに相応しいのは、昔イッセー尾形さんが演じていたような 洋酒の知識もろくになくまともなカクテル一つ作れず、客のいない時間にはカウンターにテレーッと肘をついて与太話に余念のない お世辞にも品がいいとは言えないバーの店員である。

中には、「バーテンさん」という呼称がそういったニュアンスを含んでいる事を知らずに バーテンダーさんをそう呼んでおられるかたもいるかも知れない。
勿論バーテンダーさんの側では、前後の言葉づかいや表情から 蔑称として使っているのではないとピンと察してくださる。
「このお客様は正しい言い方をご存じないだけなのだな」と。
だから、笑顔で接客を続けてくださるに違いないが、内心はあまり気持ちのいいものではない筈である。

オーセンティックなバーの席に掛けたら、きちんと「バーテンダーさん」と呼び、心底気持ちのよい接客で 迎え送られたいものである。

バーテンダー.JPG

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エゴイズムの生き物 [独り言]

もう十年以上前、猫を何匹か飼っていたことがあるのだが、内二匹は病気で死んでしまった。
その猫達に対して 私は今でもしばしば、「もっと早く病気の兆候に気付いてあげていれば・・・・」「いたずらをした時にあんなに怒らなければ良かった」「自分の具合が悪かった時に冷たくあしらわずに 自分のことは二の次にして温かく受け入れてあげれば良かった」と 罪の意識にさいなまれる。
そして、「ごめんね ごめんね ごめんね ごめんね・・・・」と 勘定しきれないほど唱えてしまう。

しかし----
私は毎日 肉を食べている。
焼き鳥ならどこそこの店が旨いだの インドカレーの具はマトンに限るだの 豚足醤油煮には八角は欠かせないだの・・・・。
又いくつもの革製品を所有し 冬は毛皮のコートをまとっている。
牛革の財布は使いこむごとに味か出るだの 山羊革の手袋は薄くて柔らかくて着け心地が良いだの ハラコの手触りと柄は最高だの・・・・と。
そこには罪の意識はみぢんもない。

同じ命ある感情ある痛みある動物に対して、この気持ちの差は何だ?
ほとほと自分という人間に 嫌悪を覚えずにはおれない。
否、私のみならず、世の中にはこういう人間が大半なのではないだろうか?
つくづく 人間とは何とエゴイズムの塊の生き物なのだろうと思う。

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ぼんぼち選・寺山修司監督映画作品ベスト5 [独り言]

私・ぼんぼちは中学生の時からの寺山修司の熱烈なファンなので、寺山が監督した映画作品も殆ど観ています。
寺山映画は、私の人生の映画鑑賞観に深く大きく影響を及ぼしています。
というわけで、今日は、あくまで主観的にですが、私の選んだ寺山監督映画作品ベスト5を挙げてみたいと思います。


一位 書を捨てよ町へ出よう

やはり寺山映画ベストワンと言えば、この作品をおいて他にないのではないでしょうか?
劇映画でありながらメタシアター的な要素をふんだんに取り入れた寺山初の長編作品。
虚構と現実をゆききする自由さに圧倒されつつ 映画というものの何たるかを根元的に考えさせられます。


二位 田園に死す

執拗に追いすがる母を殺したくても殺せない 寺山の自伝とも受け取れる作品。
「記憶とは捏造されるものである」というテーマが、非リアリズムの手法によってリアルに迫ります。
主人公の青森の家の室内のセットが屋台崩しされるとそこは新宿の雑踏である というラストショットも衝撃的。


三位 二頭女

私は寺山の短編実験映画では、この作品が突出して優れていると解しています。
実像とは別の動きをしてゆく影というものを用いて、過ぎ去った時の虚しさが美しく表現されています。


四位 ローラ

スクリーンの中の女達の挑発に乗り 観客の一人(仕込まれた役者)がスクリーンの中に飛び込んでしまう という 何ともユニークな作品。
ここでも寺山は、映画の根元的なありかたに疑問符をつきつけています。


五位 トマトケチャップ皇帝

五位に関しては、どの作品を入れるか 非常に悩みました。
結果この作品に決定した理由は、ここには他のどの劇映画監督にもどの実験映画作家にも創ることができないに違いない 寺山ならではの発想と理論があるからです。
ユーモラスかつエロティックな映像がテムポよく展開します。


みなさんもご存じのように 寺山は、ありとあらゆる表現形態で以って我々観客を驚愕させ吸引しましたが、日本映画史を語る上でも欠くことのできない存在でした。
映画は演劇と違って こうして没後も作品を観ることができるので(ローラに関しては例外となりますが)機会ある毎に堪能反芻したいものです。
それにしても、現在の日本映画界、寺山修司のみならず 勅使河原宏も松本俊夫も過去の人となってしまいました。
なんとも寂しいかぎりです。
寺山修司.JPG

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歯みがき [独り言]

毎日 夜更けに歯みがきをするのだが、これが実にめんどくさい。
上下 表裏 更には歯間ブラシでコキュコキュと 一日に溜まったものをこそげ落とさなければならない。

めんどくさいものだからその時間はとてつもなく長く感じ、なんだか一日の大半を歯みがきに費やしているような感覚に陥ってしまう。
しかし、日々丁寧にこそげ落とさなければ、口腔内の健康は保てないのだ。

好 嫌 恨 憎 妬 憧 恥 悔・・・・・・今夜も 言えずに歯間に詰まった言葉を、ひとかけらも残さずこそげ落とす。
そして、グチュグチュブッと吐き出し、深呼吸して明日に備える。

洗面所.jpg

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