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画家をやっていて辛かったこと [独り言]

私は家庭のしがらみのために 18歳から20代半ばまで、画家をやって母親を養っていました。
画家をやっていたその時代は、私の人生で最も辛い時代でした。
今日は、画家をやっていて辛かったことを 具体的に吐露しようと思います。

先ず、私はまったく画家になどなりたくはありませんでした。
中高と美術学校に通っていた私は、高校を卒業したらファッションの専門学校に入り 卒業後は舞台衣裳を作る仕事をしたいと熱望していました。
しかし、美術の成績が良かった私を、母は「これは金になる」ともくろんだようで、又 教師もファッションではなく絵画に進みなさいと推し、私の志望進路は閉ざされてしまいました。
母親の「おめー、高校出てすぐにファッションでアタシを養えるのかーーっ!? 18過ぎたら子供が親を養うのは当たり前の常識だろーがっ!」という言葉に、母親への恐怖心が染みついていた私は逆らえませんでした。
母親のいう「親を養う金額」というのは、月額100万円でした。
生活にそれだけ必要なわけではなく、贅沢のためです。
母親に言わせると、子供が親に月100万渡して左団扇させるのは、当たり前の常識ということでした。
画家.jpg

私は高校を出るとすぐに画商と契約を結び、毎日毎日眠る時間も食べる時間も削って画業に専念し 金を稼ぎ、その大半を母親に渡しました。
睡眠時間は毎日3時間で徹夜もしばしば、食事はパンか玉子かけご飯を5分でかきこむ生活でした。
白っぽいバックに赤や黄の花やフルーツのモチーフの具象画が売れるというので、そういった作品ばかりを描きました。
しかし、私はそういった画風・モチーフは、ヘドが出るほど嫌いでした。
ヘドが出るほど嫌いな方向性の作品を来る日も来る日も描かねばならないことは、大きなストレスでした。
そしてさらに、個展で客と話をする時には 笑顔でこう言わなければなりませんでした。
「私が表現したいものを解かっていただけて嬉しいです」 「私が好きで描いた作品を買っていただけるなんて光栄です」 と。

そうやってつきたくもない嘘をつかねばならないことも 非常に大きなストレスでした。
けれど、私にはそれらのストレスを発散させられる場所はどこにもなく 聞いてくれる人も誰もいませんでした。
眠る時間も食べる時間もなく次から次へと入る注文をこなさなければならなく 収入の大半を母親に渡していたので、ウサばらしに遊びに行ける時間やお金はみぢんもありませんでしたし、友達をつくる場も時間もありませんでした。
高校時代の友人に逢う余裕もまったくありませんでした。
稀に寸暇を見つけて電話をしても、「画家になったアナタはもぅ私達とは別世界の住人だから」と 敬遠されてしまいました。
私は、一人ぼっちで たまる一方ではけ口のないストレスに押しつぶされそうでした。

画家.jpg

一年過ぎると、体重は14キロ減り 身体のあちこちに不調が現れました。
「この生活は大変すぎて もうこれ以上は続けられない」と母親に訴えましたが、母親は聞く耳を持ちませんでした。
どころか渡す金額が月100万に達していなかったので、「この甘チャンの根性なしがーーーっっっ!!」と 私をののしるばかりでした。

20代半ばになった時----
母は、私からの金など一銭も受け取らなくても充分に贅沢出来る金を 離婚した父から貰っていることを知りました。
私は自分のやっていることが余りにも馬鹿馬鹿しいと判り、これからは断固として母親を恐れずに、母親からどれほど攻撃を受けようが、自分の稼いだ金は自分で使おうと決意しました。
そして、画業は画商との契約があるのですぐに辞めることは出来ないけれど、じょじょに減らして そのうち完全に辞め、ファッションの道に進むことこそは叶わなかったけれど、可能な範囲で好きなことをして暮らしてゆこうと思いました。

18歳から20代半ばが青春時代だとしたら、私の青春時代は地獄一色でした。

画家.jpg

タグ:画家 辛い
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コメント 57

promethe

おはようございます。
朝から気が重くなる話をありがとうございます。(笑)

普通、18~20台半ばといったら人生で一番輝いている季節です。
なのに聞く限りでは、そこに灯りすら見えません。
そのことにとても心が痛みます。
ぼんぼちさんが昔を語ることで、誰かに聞かせることで、
少しでも溜飲が下がるのでしたら、喜んで聞きましょう。
私もこの後ぼんぼちさんがどの様に平穏を手にしていったのか、
知りたいです。
それと、ぼんぼちさんの一人称が何故、何時から『あっし』になったのかも・・・。(笑)
by promethe (2017-06-01 06:45) 

きよたん

月100万稼ぐなんて今でも出来ないわ
娘の青春時代を踏み殺してしまったおかあさん
十分な生活費があったのに信じられません
自分が働きなさいっていいたいですよね
なんだか怒りが吹き上がってしまいました。
by きよたん (2017-06-01 08:23) 

もーもー

もう、本当にお辛かったですね
 お母様は、子供を食い物にしてたんですね・・・
それでも、負けずに 戦った 偉いです 今の自分があるんですね
by もーもー (2017-06-01 08:53) 

Take-Zee

こんにちは!
ふ~む・・
読めばなるほどと思ってしまいますが・・
とても第三者がコメントできません。
 ただ、ぼんぼちぼちぼちさんのセンスは
こうした絵の勉強があったのですね。

by Take-Zee (2017-06-01 10:48) 

muku

なんでそうなるんだろう・・・
私の母もバイト代を全部持って行ったりしていましたが、ここまでは無かった。
辛い時期でしたね。
by muku (2017-06-01 11:09) 

green_blue_sky

こどもを食い物にするのは大嫌い。
自分で稼いで楽しむのが良いですね。
自分というものがなく、耐えましたね・・・
美術衣装か、好きなものが見えてきました。
by green_blue_sky (2017-06-01 11:49) 

KOME

大変な経験をされていたようなので、絵画のことをたずねるのを遠慮していました。

by KOME (2017-06-01 12:18) 

Ginger

お母さんはぼんぼちさんが授かったさまざまなギフトに激しく嫉妬したんじゃないかしら・・・才能だけじゃなくて、容姿や、どんなに攻撃しても傷つけられないピュアな魂とか、全力で潰しにかかったように見えます。。。
子供を産んだから「母」になるわけじゃないよね。。。わが子を女として敵視する人っている。。。
今の素敵なぼんぼちさんは、自分の手で勝ち取ったものですね!偉業だ。
by Ginger (2017-06-01 13:39) 

馬爺

月100万はきついですね、今でも結構稼ぐ人でも毎月と成るとどうなんでしょうかね。
by 馬爺 (2017-06-01 14:00) 

kohtyan

今の写真を拝見しても、バッグやフルーツの具象画とは、まったく
違いますね。自由に奔放に、描いてください。
by kohtyan (2017-06-01 14:27) 

ニッキー

18歳を過ぎたら子供が親を養うのが当たり前の常識(@_@)
母親の話を読む度にますます嫌悪感ばかりが募ります。
「100万円、自分で稼いでみろ~」と言ってやりたくなります。
ぼんぼちぼちぼちさん、ツライ時期をたった一人で本当に良く耐えましたね<(_ _)>
頑張ったぼんぼちぼちぼちさん、尊敬します(^O^)
by ニッキー (2017-06-01 14:30) 

ミラノ

綺麗事の言葉で申し訳ありませんが、その時の苦労が糧になっている
人生を、今は送られているのではないかなと思います。
お母様の真意は測りかねますが....

by ミラノ (2017-06-01 15:11) 

裕々

昔は知りませんが、今なら売り絵で月100万円稼げる人なんて、ごく一部の有名画家に限られているでしょう。
本人にとってはそんな絵が嫌いだからしょうがないけれど、高校卒業後すぐに売れる絵が描けるだけでもすごいです。
でもそんな親のために描くなんて考えられない。実際にその恐怖心を経験していない者には想像できない環境ですね。
by 裕々 (2017-06-01 16:27) 

rannyan

売れそうな絵を無理矢理描くなんて、そして稼いでも自分で使えないなんて
ストレスの塊になってしまいます
体調がおかしくなるのは当然のことですが、若い時期に身体にも心にも
ストレスがかかることばかりでしたね
その分、その後の人生をとても楽しんで過ごしておられることを願います
青春は実年齢ではなく、気持ちではないですか? 
なので、ぼんぼちさんの本当の青春は画家を辞めてだと思いたい!
by rannyan (2017-06-01 18:06) 

なんだかなぁ〜!! 横 濱男

月100万、一流企業でも無理です。。
ツライ人生でしたね。。
これからの人生を充分楽しんで下さい。
by なんだかなぁ〜!! 横 濱男 (2017-06-01 18:56) 

sig

お母さんとの想像を絶する応酬が激しければ激しいほど、ぼんぼちさん自身の感情の純度が高められていった感じがいます。現在のぼんぼちさんを知っての帰結ですけれど。
by sig (2017-06-01 19:38) 

アールグレイ

一番自分の好きなことができる青春時代を、大変な思いで過ごされたのですね。
月100万という要求額にもびっくりします。
子供には、なるべく負担をかけたくないというのが、親心ではないでしょうか。
思い切り好きなことをされて、楽しい日をお過ごしください。
by アールグレイ (2017-06-01 20:04) 

johncomeback

嫌いな画業で生計を立てられるって、
もの凄い才能をお持ちなんですね。
僕は全く絵が描けないので写真撮ってます。
by johncomeback (2017-06-01 20:22) 

yakko

こんばんは。
凄まじい青春時代を送られたんですね〜(@_@;)
by yakko (2017-06-01 20:25) 

ackylacky


若いとき、2年ほど絵の教室に通ったことがありましたが、不思議な事にほとんどの生徒が抽象画が分からないと言ってました。
去年のオフ会の時に話した記憶がありますが、部屋に飾るのに抽象画の方が合う事が多いのに花や静物の絵しか売れないのはなぜなんだろうと思います。

絵でも音楽でも普通に仕事するより遥かにエネルギーがいる事なので、好きでないものに才能を費やすのは不健康ですね。
無事にその時代を乗り越えられてなによりです。
by ackylacky (2017-06-01 20:26) 

cooper

何故かしらねぇ~読み進んでいると
岩崎宏美さんの『マドンナ達のララバイ』が聞こえてくるの・・・
今、多くの方愛し、愛されているぼんぼちさん!  
                    心から嬉しいです。
by cooper (2017-06-01 21:03) 

ぶーけ

大変でしたね。
その才能がうらやましくもありますが。
いわゆる毒親、というのでしょうか。抜け出さて、よかった。^^
by ぶーけ (2017-06-01 21:39) 

nikki

ずいぶん個性的なお母さまですね。
スーパーのおつりといい月収100万といい。
サラリーマンでも月収100万円は無理です。
by nikki (2017-06-01 21:52) 

うっかりくま

ぼんぼちさんが必死に稼いだお金は、本来なら
専門学校に通う資金にできたはずなのに、と
思うと悔しくて読んでいて涙が込み上げました。
別なツイートで見た「親の皮を被った外道、親戚
の皮を被った泥棒」という言葉を思い出しました。
お母様はご自身の吐かれる毒が全身に回ってしま
われたのでしょうか。一度歪んだ関係性が出来
上がると変えるのが難しく、いずれ殺すか殺される
かまでいきそうで、全力で逃げたことがあります。
支配するために相手を全否定して、意思を失わせて
いくのがそういう人の常套手段です。その頃は自分も
死んだように真っ暗で、今のように好き勝手をする
未来は想像できませんでした。
早くに縁が切れたことは幸いだったし、思い出したく
ないけど、それも今の自分を構成する一部ではあり
ます。過去は創作の糧にして、自由になったぼんぼち
さんの人生をどうか楽しんでくださいね。

by うっかりくま (2017-06-01 23:08) 

sana

ものすごい時代だったんですね‥
月百万の要求って普通思いつかない‥
親のすることとは言えません。
描きたくもないものを、ろくに食事もしないでなんて?!友達とも会わずに?あり得ない!!!
その年代の友達は進路に迷う頃なので、ふつう考えつくことは、画家として売れる才能があったなんて羨ましいということですが~まさか、そんな物凄い毒を吐かれて奴隷のようになっている状況とは想像もつきませんからね。
お母さんという方は離婚されて更に変になり鬱憤晴らしをしてたんじゃないかと思いますが‥
親子の葛藤というより‥すでに犯罪ですよ。

よく生き延びられました。尊敬します。
ご両親の才能と強さが、違う形で現れているんですね^^
by sana (2017-06-02 01:04) 

藤並 香衣

ストレスを抱えながらの仕事は辛いです
まして好きでもない事なら尚更・・・
昔は取り戻せませんが
今は楽しんでくださいね
by 藤並 香衣 (2017-06-02 01:44) 

beny

 実の母親なんですか。
by beny (2017-06-02 08:04) 

柴犬

小説の様です。
by 柴犬 (2017-06-02 11:04) 

MINERVA

設定された金額が凄いですね。
以前も書かせて頂きましたが、子供にとって「親の言う事=正論」となり、理不尽な事でも「そうなんだろうな....」ですよ。
社会人となり、自分の置かれている立場が「奴隷」と変わりない事に気付きましたので、逃げるように自立しました。
過去は消せませんし、戻る事は出来ませんが、だからこそ今が幸せだと実感出来ていることも事実です。
今を生きられる、一般的には普通の事ですが、それが一番の幸せですね。



by MINERVA (2017-06-02 11:12) 

リュカ

なんか映画「ビッグ・アイズ」の内容も思い出しちゃいました。

>「私が表現したいものを解かっていただけて嬉しいです」
>「私が好きで描いた作品を買っていただけるなんて光栄です」

この台詞を言わなくちゃいけないストレス。胸が痛いです。
by リュカ (2017-06-02 11:15) 

ponnta1351

失礼ですけど、そんな母親がいるなんて信じられません。言葉使いも本当にそんな口のきき方だったんでしょうか?
 月100万円なんて女一人が稼げる金額じゃないでしょうに。男性だって無理ですよ。
 食事もできないなんて、それは体を壊しますよ。 それにしても画商と契約が出来るほどの技量をお持ちとは!
 私だったらそんな恐ろしい母親から離れます。だって画は売れるし、もう成人に近いんですから。 呪縛が有ったんですね。
 小説の世界の様です。いま、幸せで良かったですね。
by ponnta1351 (2017-06-02 11:48) 

ぼんぼちぼちぼち

みなさん

あっしの吐露を読んでくださり ありがとうございやす。
酷い親を持って現在は自由になれたかたも 何人もおいででやすね。
お互いに今は自由になれて ほんとうに良かったでやすね!

実の母親でやすよ。
何故母親があっしを虐待し続けていたかたいうと----
元々子供が嫌いなのに思わぬ妊娠をしてしまったんでやす。
で、それをきっかけにモテた父を一人占めしたいがために 駄目だという父の反対を押し切って勝手に一人であっしを産んだ。
結果、入籍は出来たけど 父は愛人さんを幾人も囲い続け、あっしを産んだことは誤算となった。
その誤算の腹いせに虐待されてたんでやす。

母親に言わせると、「産みたくもないのに勝手に生まれてきやがったあっしのほうが加害者で、産んだ母親が被害者」なんだそうでやす。
だから、あっしが苦しまないと母親の精神の帳尻は合わないわけでやす。

母親は、女としてもすごくあっしに嫉妬してやしたね。
中学生の時に一緒に道を歩いていて すれ違う男性がチラッとあっしの胸を観たからと
「今の男はいやらしい目でおめーを観てたよっ!太って胸が大きくなりやがっていやらしい!いいかげんにしろーーーーっ!!」と金切り声であっしをののしる。
こんなこと日常茶飯事。

でも、あっしが18歳までは父がいたから 怒りの矛先の半分は父に向いていて あっしの安らげる余地はあったんでやす。
母親に言わせると「妊娠させた父が加害者で妊娠させられた自分は被害者。 被害者は加害者に何をやったっていい」んだそうで。
あ、父と母との関係については、後日また一つの記事にさせていただきやすね。

で、高校卒業と同時に(結婚はあっしが18になるまでという取り決めだったので)離婚して、父は愛人さんの一人を本妻にしやした。
以降、矛先は分散されることなく全てあっしに向けられてしまったわけでやす。

もしもあっしが絵が好きだったら 画家ではなくあっしが嫌いな別の仕事で100万稼げと言われてやしたよ。
母親に言わせると「自分の好きなことで親を養うなんて親孝行にならない。嫌いなことで辛い思いをして養わないと価値がない」んだと。

あっしがこの生活が馬鹿馬鹿しいと判り 断固として自分で稼いだ金は自分で使おう そして資金もためて家を出ようと決意してからは、それはもう壮絶な戦いでやした。
その時のことは過去記事「母親は私をソープに売りに行ったことがある」
に書いてやす。
稼いだ金が自分に渡らないとなると、今度は画家をやってることも気に入らなくなったようで、「ウチに18過ぎた娘がいる。嫌がって泣き叫んでもかまわないからしばって連れてってくれ。安くてもいいから買いとってくれ」と隣町のソープに交渉に行ったそうで。
当然、店が相手にする筈はありやせんね。

で、あっしは家を出て一人暮らしを始めることができやした。
すると母親はあっしのアパートにしばしばやってきて今度は猫撫で声で「戻ってきてほしい」とすり寄ってきやしたが、当然あっしは相手にしやせんでやした。
するうち、母親は突然の脳の病で死に、あっしは完全な自由を手に入れることができやした。

レス、長くなってしまい失礼しやした。
by ぼんぼちぼちぼち (2017-06-02 12:20) 

Rchoose19

それもこれも、すべてひっくるめて、
今のぼんぼちさんがいるんですねぇ。
改めて成長の不思議ってか、人間っていつから個人になるのかとか
いろいろ考えさせられました。
母は一番近い敵です。すべてのことで乗り越えられたと思っていても、
存在そのものが敵なんです。私にとっては・・・・
by Rchoose19 (2017-06-02 12:47) 

さる1号

好きでもない絵を無理矢理描いて
言いたくない嘘を言わねばならず・・・・
凄いストレスですね
よく失踪しなかったものだと・・・@@)
by さる1号 (2017-06-02 15:46) 

chibacandy

言葉が見つからないです。

ぼんぼちぼちぼちさん!あなたにお会いできたこと感謝しています。
by chibacandy (2017-06-02 15:59) 

美美

私も働かざるもの食うべからずの時代を経験しました。
by 美美 (2017-06-02 16:45) 

riverwalk

コメントありがとうございました。優しい心に感謝します。
by riverwalk (2017-06-02 21:47) 

クリンピア

おひさ。
by クリンピア (2017-06-02 21:52) 

レインボーゴブリンズ

よくぞひねくれること無く成長されたことに、人間的な強さを感じます。これから、ぼんぼちさんのお好きな映画、ニューシネマパラダイスを観賞するところです。
by レインボーゴブリンズ (2017-06-02 22:02) 

sadafusa

この話を読んで思うことが二つあります。

ぼんぼちさんの才能はすごかったんじゃないかってこと。実際、うちの娘が画家業をしていますので、ぼんぼちさんのハードさっていうのも実際うなずけるところなんですよ。ですが画商はどれだけあなたの作品にペイしてくれていたんでしょうか?それが自分とは不本意の作品であったとしても、それだけ売れる画家っていいうのはすごい。

もうひとつはお母さんがどういう環境下で生きてこられたのか。完全はDV人間なんだと思いますが、歪み方がちょっと日本人離れしていますね。前々から思っていましたが、お金に対する執着、そしてお金の使い方、そのものが面白い(不遜な言い方です)お金はあればあったで豪快で楽しい使い方ができるものですが、お母さんのお金の使い方というのは、第三者をかなり意識していて、自分が楽しんで使っているようなタイプじゃないですよね。
そこにどんなお母さん自身のトラウマが隠されているのか、それに興味があります。

わたしには兄がいまして、それは母親にとっては光の天使のような存在。だから母親もにっこりと自分の清らかな慈母の部分で接していましたね。反対にわたしはコンプレックスの強い母親に似ていたお蔭でサンドバックの役割を果たしており、母親は自分のブラックな部分をさらけ出して、折檻しまくっていました。

うらやましいのは、未だにうちの親は生きていて、ぼんぼちさんの場合はお亡くなりになってしまっているところでしょうか。
by sadafusa (2017-06-02 22:37) 

よいこ

ぼんぼちさんは、お父さん譲りの器量と才能があったから、ずっと嫉妬の対象だったのではと思いました
平凡な幸せの中にいると、創作なんて芽生えませんから、お母さんの狂気も、ぼんぽちさんの才能を開花させたのかもしれませんね。
ただ、親のことを手放しでほめて好きと言う人が、うらやましいなーと私は思います。
by よいこ (2017-06-03 01:26) 

よしあき・ギャラリー

人生いろいろですね。
貴兄が今あるのもその悲痛な時代があってこそなのかもしれません。
by よしあき・ギャラリー (2017-06-03 06:13) 

ようこくん

つくづく気の毒なお母さんだなと思います。見栄を張っていいことなんて何一つないのに。

お友達に「別世界の人だから」と言われたのはショックでしたね。別世界だから面白い、大切な友達だからどんな仕事や境遇でも応援していこうとは思えない人たちだったのですね。

私も、我慢しなくてもいい我慢はする必要はないと思ってから、世界が変わりました。ぼんぼちぼちぼちさんが自由になられたのは
本当に良かったと思います。
by ようこくん (2017-06-03 16:51) 

mimimomo

こんにちは^^
本来暖かくあるべき憩いの家庭が、地獄って最悪ですよね。よく分かります。

by mimimomo (2017-06-03 17:51) 

ぼんぼちぼちぼち

みなさん

コメントありがとうございやす。
こうしてみなさんにあっしの吐露を読んでいただけ 温かなお言葉までいただけ 大きく救われてやす。

母親との関係が良くなかったというかた 意外と少なくないでやすね。
母親との関係って、程度の差こそあれど 単純に片付けられないものがありやすよね。
そう、あっしの場合は早くに死んでくれて、以降あっしは好き放題生きてこられて人生の帳尻が合いやした。
sadafusaさん 今もお母様が生きておられるとは、お辛さ、お察しいたしやす。

確かに、虐待され続けていた27年間も含めて あっしという人間が形成されたんでやすよね。
人格も、こうしてブログで写真などの表現活動をしていることも、そういった過去があって今があるんでやすよね。
勿論、今 表現活動ができるのは過去の虐待体験のおかげだから虐待されて良かったなんてみぢんも思えやせんけどね。
表現なんてできない人間でよかったから虐待されない人生でいたかったでやす。

友人のリアクションについては----
中高と美術学校だったので、学校全体の価値観として、画家になるのが一番の勝ち組 学校の美術の教師やデザイナーになるのはまぁまぁ 美術と関係の無い仕事に就くのは負け組 というのがあったんでやす。
で、殆どの卒業生は美術とまるで関係のない仕事について 画家になったのはクラスであっし一人。
だからクラスメートにとっては嫉妬の感情がすごくあったようでやす。
これが美術学校じゃなかったら 自分の目標と別畑ということで友達でいてくれたかもしれないなぁと思いやす。

レインボーゴブリンズさん あの・・・・すいやせん、あっしはニューシネマパラダイスはものすごーく嫌いな作品でやす。
駄作だとは思わないんでやすが、嗜好にまるで合いやせん。
by ぼんぼちぼちぼち (2017-06-03 21:00) 

そらへい

誰でも思春期には独特の辛さがあるものですが
そういった一般的なものとはあまりにかけ離れていて
コメントの言葉が見つけにくいです。
by そらへい (2017-06-03 21:02) 

tarou

こんばんは、加茂花菖蒲園(はなしょうぶ)後編に、
コメントを有難うございました。
雨が降ったので、雨蛙さん気持良さそう
でした(^^♪

私も中学のころから
いろいろバイトはしていましたが
人生、いろいろですね。
by tarou (2017-06-03 21:56) 

kiki

読むにつれ、涙が滲みました。
情けない人でしたね。
今、自由を謳歌して、幸せなぼんぼちぼちぼちさんを嬉しく思います。
by kiki (2017-06-03 22:06) 

リンさん

ひどい。ぼんぼちさん、可哀想。
絵で稼げる人なんて、そうそういないと思いますが、描きたくないものを描いて、しかもお金は母親に取られるなんて。
辛い日々をよく耐えましたね。
ぼんぼちさんが今幸せで、本当によかったです。

by リンさん (2017-06-03 23:16) 

koto

才能=好きなことではないんですよね。


by koto (2017-06-04 01:19) 

majyo

中西礼さんの自伝的小説に「兄」というのがあります
兄さん、死んでくれてありがとう!というものです。
いつか読んでください
教育勅語なんてくそくらえです。

by majyo (2017-06-04 05:44) 

ぼんぼちぼちぼち

みなさん

あっしの辛かった気持ちを解かっていただけて嬉しいでやす。
当時は解かってくれる人が一人もいなかった---話せる相手が一人もいなかったのでとても辛かったでやす。
当時はネットもなかったので こういう形で吐露する場もなかったでやすしね。
今、こうしてたくさんのかたに読んでいただき あの時の辛さを解かっていただけて とても幸せでやす。

そうでやすね。あっしは特別な努力はしなくても美術学校の中で美術の成績が良かったでやすね。
好き嫌いに関わらず 美術学校に入ったら美術の勉強をするのが当たり前 という意識で普通に勉強してたら人より描けてしまった というのがありやすね。
でも、描いてて楽しかった記憶は一度もありやせん。
学生時代はいい成績を取るため、画家になってからはお金を稼ぐため それだけのために描いてたので。

なかにし礼さんのお兄さんが酷い人だったということ 聞いたことがありやす。
自伝小説、機会をみつけて読んでみやす。
「死んでくれてありがとう!」 あっしも母親が死んだ時 心の中でそう叫びやしたよ。
これからありあまる自由をどうやって謳歌してゆこうか!!って。

by ぼんぼちぼちぼち (2017-06-04 20:42) 

たじまーる

同じ美術関係の仕事でも
うちの実姉はグラフィックデザインの勉強をして
自分の意志で好きで美術関係の仕事をしていまして
今は結婚して小遣い稼ぎで美術系の特技を活かしてます。
ぼんぼちぼちぼちさんは真逆ですね。
嫌々絵画の道へ進まれて報酬も取られてしまい
本当に本当によく耐えたと思います。
その分自由な今を謳歌されてくださいね。
by たじまーる (2017-06-04 23:20) 

伊閣蝶

美術学校の教師が「絵画の道に進むべき」とアドバイスしてくれたという下りを拝読し、今さらながらにぼんぼちぼちぼちさんのアーティストとしての才能に瞠目しております。
私は音楽関係に何人も知り合いがおりますが、演奏家で身を立てている人間はごくわずか。学校の教師になれれば勝ち組。ほとんどは音楽とはまるで関係ない仕事に就くか、親にパラサイトしながらピアノや声楽などの個人レッスンで糊口をしのいでいる、という状況です。
美術の世界も同じではないか、と思っておりましたが、コメント欄のぼんぼちぼちぼちさんのレスを拝見し、やはり、と確信しました。
学生時代の同窓生が嫉妬心ゆえに距離を置いたということも、わかりすぎるほどわかります。
このブログに掲載される作品を拝見し、何という自由でのびやかな感性をお持ちなのだろうかと常ながら感動していましたが、こうした壮絶な創作活動の元にこの世界があるのですね。
改めて、これからも素晴らしい作品を残してくださるようお願いいたします。
もちろん、お体を大切になさられての上のことですが。
by 伊閣蝶 (2017-06-05 13:39) 

ぼんぼちぼちぼち

たじまーるさん

たじまーるさんのお姉さまは充実した幸せな人生を歩んでおられるのでやすね。羨ましいでやす。
あっしは好きな舞台衣裳のほうにはすすめやせんでやしたが、あっしが27歳のときに母は突然の病で死んでくれたので
以降、好きなことをして生きてこられやした。
自分でデザインした服を仕立て屋さんにしたててもらったりしやしたよ(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2017-06-05 21:13) 

ぼんぼちぼちぼち

伊閣蝶 さん

温かいお言葉そしてあっしの気持ちや当時の状況を理解してくださり ありがとうございやす。
へい、あっしの記事(特に写真)は、あの頃に抑圧されていたものの反動が大きいでやすね。
大衆受けするものを狙って作っていたことの苦しさを 真逆のこうした自由な表現をすることによって中和させているというか。
現在ブログという表現手段があることに大きく救われてやす。
稚拙で無手勝流な作品でやすが、これからも観ていただけると幸いでやす・ぺこりっ
by ぼんぼちぼちぼち (2017-06-05 21:32) 

風来鶏

映画か連続テレビ小説になりそうな、橋田壽賀子さんなら飛びつきそうな壮絶な青春時代を過ごされたのですね(>_<)
私も27歳頃に勤めていた会社が最悪だと思いました(10ヶ月ほどで辞めた)が、ぼんぼちさんに比べたら全然甘ちゃんでした(^^;;
じゃあ、今日までの27年間で“ツケを取り戻した”のかな?!
by 風来鶏 (2017-06-20 14:24) 

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