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土の上に落ちた枯葉 [写真]

写真・枯葉.JPG

雨上がりの土の上に落ちていた枯葉。
撮ろうという段階から「これは白黒で!」と直感しやした。
撮り帰り、pcでさっそく白黒加工し、コントラストも強くしやした。
コントラストを強くしたことで 遠近感や緩急が際立ってくれ、あっしなりに大納得の一枚に仕上がりやした。

土・・・・・といえば、あっしは幼稚園の頃、土ダンゴを作るのに夢中でやした。
福岡に住んでいたので ちょっと土を掘ると赤土が出て来るために、その赤土を核として 砂をまぶしてじょじょに大きなダンゴにしてゆくのでやした。
みなさんの中にも土ダンゴを作るのが趣味だったかた おられやすか?


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家庭教師との思ひ出 [独り言]

家庭教師2.jpg

小学四年から高校三年までの間、入れ替わり立ち替わり 延べ人数にするとかなりの人数の大学生の家庭教師に、学科の勉強を教えに来てもらっていた。
大学生と子供 といえども人間対人間なので、相性の良い人とそうでない人がいた。
中、すば抜けて良い人がいた。 私が中学二年の時だった。

-----その人は、津田塾の女子大生だった。
物静かな性格で、いつも およそ若い女性が着るものとは思えないような地味で野暮ったい服に身を包んだ ぼってりとエラの張った不美人だった。
私とは内向的な大人しい性格同志であることと 彼女が少しも年上ぶらない謙虚な人だったということから 意気投合した。
休憩のお茶の時間に、日曜日に原宿で求めたアクセサリーを自慢気に披露したり、津田塾の学園祭に呼ばれてトコトコと出掛けたり、たこ焼き器を買ったのでおいでと招かれ 彼女のアパートまで遊びに行ったり、お洒落のしかたが解からないから連れて行って教えてほしいと頼まれ 原宿を案内したりもした。
原宿では、私の行きつけの喫茶店や服屋やアクセサリー店をひと巡りした。
彼女は、この店にこんなものが売られていたのか?!と驚くような 地方の小さな町のスーパーにありそうな手袋を選び出し 購入していた。

彼女は今頃、いいおばあちゃんになっているだろうか?
孫に囲まれ 静かに笑っているだろうか?
元気にしていてくれたら 嬉しい。
家庭教師1.jpg

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ブロックのかけら [写真]

写真・ブロックのかけら.jpg

夜、住宅街の駐車場の前を通ったら、ブロックのかけらが街路灯に照らされていたので、撮ってみやした。
と、ブロックがちょっと端っこに寄りすぎてしまいやした。
「待てよ、いっそこれを逆手に取って、負の感情を出してみようじゃないか!」と、あれこれpc上で加工してみやした。
結果、どんよりとした緑色にしやした。
孤独感 不安感 辛さ といったような感情が伝われば 幸いでやす。

一方、現実のぼんぼちは、一人で行動することは非常に好きでやす。
ふらりと路線バスに乗って適当な街で降り、喫茶店見つけてくつろいで 夕方になると安い中華屋探して一人飲み・・・・・至福の一日でやす。
みなさんは、お一人で行動すること、お好きでやしょうか?


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吹き寄せの時節 [独り言]

今年も秋が深まり、住宅街のそこここに吹き寄せを見る時節となった。
私は吹き寄せが好きである。
吹き寄せを見つけると、幼い子供のように駆け寄り すり足で落ち葉を蹴散らしながら、赤や黄や榛色の葉色や 履物に当たる儚い感触や カサカサという軽い音や 立ちのぼる乾いた匂いをいっぱいに楽しむ。

私は自分のこの所作を、傍を歩く人に見られてもどうとも思わないが、稀に その場から消えてなくなりたい状況に遭遇する。
それは----
意識を足元に集中させすり足の歩をすすめると 竹ぼうきが見え、そのまま視線を辿り上げると 落ち葉掃きをしている人がいる場合である。
恥ずかしさと申し訳なさのあまり、モミジの葉っぱのように真っ赤な顔になってしまう。

吹き寄せ.JPG
 
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カフェ「FLAっと」の天井 [写真]

写真・カフェの天井.JPG

しばしば立ち寄る西国分寺のカフェ「FLAっと」の天井。
天井板を嵌めないで白く塗った意匠が開放的でやすね。
ちょうど座った席から照明器具がいい構図に切り取れるように下がっていたので 思わずスマホを向けやした。
あっしには珍しく、爽やかさのある一枚に仕上がったと思っておりやす。

みなさんは、カフェと喫茶店の違いって どう認識されてやすか?
正しくは、店主が「カフェ」といえばカフェ、「喫茶店」といえば喫茶店なんでやすが、あっしは店主の自認に関わらず、あっしならではの認識で言い分けてやす。
それは----
「昔ながらの」という枕詞をつけてしっくりくるのが「喫茶店」で、「イマドキの」をつけてハマるのが「カフェ」。
いかがなものでやしょう。

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酒の強さの自己認識 [独り言]

写真・酒のボトル.JPG

ある人が、「俺、酒 弱いんですよ。 もぅほんとに弱くって」と困った様な口調で言うので、何をどれ位飲むのが自身の適量なのかと尋ねると、「瓶ビール大瓶十二本くらい」という答えが返ってきた。
また別の人は、「僕、すごく強いですよ! だから、飲む量、あなたと全然違うと思いますよ」と 自信ありげに胸を張った。
果たして、「レモンサワー四杯」ということだった。
この様に、自分自身が酒を「強い」「弱い」と思っている程度と 世間一般の基準がはなはだ違う という事はしばしばある。

食べる量ではこういう事はない。
「私、すっごく大食いなんですよ! カフェのランチプレート、半分も食べられちゃうんですよ」とか 「俺、少食で少食で、ラーメンの替え玉、八皿しか出来なくて」などという人にはまず出逢わない。
何故、酒に関してだけ、これほど自己認識と世間一般の基準が違うことが多いのだろうか?
酒は「これが一人前です」として出される形をとっていないからだろうか?
一緒に飲む仲間内の間でだけ比較をしている人が少なくない ということなのだろうか?
強いにしろ弱いにしろ、世間一般の基準とかけ離れ過ぎている自己認識は、その人の世間に対する視野の狭さを知るばかりで 聞いていて気分のいいものではない。

私が人に尋ねられたら----
「それほど強いわけではありませんが、まぁまぁ飲めます」と答えている。
私の適量は、瓶ビール大瓶一本と焼酎のお湯割り又は赤ワインを二杯である。
世間一般の基準からかけ離れていないつもりであるが、いかがなものだろう?

写真・酒のボトル.JPG

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売れ残りのリンゴ [写真]

写真・売れ残りのリンゴ.JPG

安売りのスーパーの店頭で不均一に売れ残っていたリンゴ。
これは構図としてキマるものが切り取れるかもしれない!と 思わずスマホを向けやした。
果たして、あっしなりにでやすが、なかなか気に入った一枚が完成しやした。

このリンゴの種類は紅玉でいいのかな?
紅玉は、焼きリンゴやアップルパイにすると美味しいでやすよね。
シナモンを効かせたりして、これからの季節にぴったりのスイーツでやすね。


タグ:リンゴ 紅玉
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おせちを予約する [独り言]

毎年おせちは、デパートの地下でお重を購入している。
秋にあらかじめ予約しておくか 大晦日になってから売り場で見つくろうかのどちらかである。
けれど昨年は、デパートの在る吉祥寺の街のごったがえす中に身を置くのが大儀で、買わずに 地元・西荻窪のスーパーで 日常食しているもので済ませてしまった。
果たして、何だか 私の所にだけ正月が来てくれないようで、一抹の寂しさを覚えずにはいられなかった。
だから、今年は早々に予約をした。

東急デパート吉祥寺店のカタログに載っていた魚三楼という 京都の老舗料亭のものである。
一人用の重であることと 私は味覚形成期に九州で過ごしたので西日本の料理が舌に合う という理由から、この一品にした。
せっかく東急デパートまで行くのだから、売り場で 大好物のクチナシで黄色く染めた慈姑を煮たものと生麩を炊いたものなども買ってこようと考えている。

来年は、私の所にも正月が来てくれることは間違いない。
安心であるのと同時に、子供のように単純にちょっと待ち遠しい。

おせち.JPG

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吉祥寺・ハモニカ横丁 [写真]

写真・ハモニカ横丁.jpg

おなじみ吉祥寺のハモニカ横丁。
多くのかたが撮られている場所でやすが、あっしも撮らねばいられぬ気持ちに突き動かされて カシャリ!
斜めの構図と赤いトーンをかけたところに あっしなりの個性を出してみやした。

ハモニカ横丁、元々闇市からの発祥で、こまごまとした商店や飲食店が軒をつらねていやしたが、時代がくだり、一時はシャッター横丁と呼ばれるほどに閑散としてしまいやした。
と、そこに斬新なアイデアをひっさげて登場したのが手塚一郎氏なる人物でやす。
ハモニカ内の空いている店舗を次々と 金をかけずに面白く独特の洒落感のある飲食店に生まれ変わらせてしまいやした。
今やハモニカ横丁内は、手塚ワールドと言ってもいいほどに 手塚氏の店店がひしめいてやす。
いやはや、すごい人物が現れてくれたものでやす。


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失望しやすい性質 [独り言]

先日、映画好きの友人と なかなか期待できそうな映画を観に行った。
果たして、どうしようもない駄作だと思った。 点数をつけるなら30点くらいだ と。
と、友人は「いやぁ、面白かったねー。 80点くらいかな」 笑顔を向けた。
私には、こういうことがしばしばある。

映画に限らず、文学でも人物でも飲食店でも、私は「期待をはなはだ裏切られてがっかりすること」が非常に多い。
自分では、特別並はずれた多大な期待をしている自覚はみぢんもないのだが、これだけ失望してしまうということは、やはり無意識のうちに 根拠のない期待をしてしまっているのだろう。
そして、これも又僅かにも自覚はないのだが、物事に対しての評価も 人並み外れて厳しいのだろう。
この様な無自覚さは生まれ持った性質のようなものだから、治せるものではないのである。

だから 生きていても、「感激できること」がめったにない。
物事に期待を持たず 評価の甘い人は、毎日が感激の連続で幸せだと思う。 羨ましい。

失望.JPG

タグ:期待 失望
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